鵜沼三ツ池町

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鵜沼三ツ池町(うぬまみついけちょう)は、岐阜県各務原市の地名。現行行政町名は鵜沼三ツ池町一丁目から鵜沼三ツ池町六丁目。

江戸時代、この地域の開発のため移住した軒数が20軒であったことから、この地域を二十軒とも呼ぶ[4]

各務原市の東部の鵜沼地区に位置する。町域の東部は各務山の前町鵜沼各務原町、西部は蘇原中央町蘇原興亜町蘇原三柿野町鵜沼川崎町及び航空自衛隊岐阜基地、南部は鵜沼朝日町、北部は各務西町、各務山の前町に接する。

町域にはJR高山本線名鉄各務原線が通過する。

地名は江戸時代享保6年(1721年)、尾張藩が主導して開発が始まった新田「三ツ池新田」に因む[5][4]。「三ツ池」はかつてこの地域に存在した三つの小さな池のことであるが、太平洋戦争時に軍需工場建設のため埋め立てられている[5]。旧・鵜沼町では三つ池区とも称されている[6]

道路

歴史

1721年享保6年)、尾張藩が主導して鵜沼村の住民を移住させ、新田(三ツ池新田)の開発が始まる。この時に移住した軒数から、この地域を「二十軒」とも呼ぶようになった[4]。三ツ池新田の集落は中山道沿いにあり、住民は新田開発を行いつつ立場も営んでいた[7]

第二次世界大戦前、現在の鵜沼三ツ池町四丁目、五丁目には陸軍各務原陸軍飛行場の各務原陸軍航空廠技能者養成所があり、戦後は開拓地として開放された[8]

この地域一帯が鵜沼土地改良区西工区として区画整理され[9]1975年(昭和50年)1月21日、鵜沼の一部をもって鵜沼三ツ池町を設置する[10]

世帯数と人口

2024年(令和6年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[11]

丁目世帯数人口
鵜沼三ツ池町一丁目 240世帯 478人
鵜沼三ツ池町二丁目 505世帯 1,095人
鵜沼三ツ池町三丁目 437世帯 913人
鵜沼三ツ池町四丁目 381世帯 793人
鵜沼三ツ池町五丁目 696世帯 1,518人
鵜沼三ツ池町六丁目 106世帯 272人
2,365世帯 5,069人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12][13]

番・番地等小学校中学校
全域各務原市立鵜沼第二小学校各務原市立中央中学校

交通

主な施設

脚注

参考文献

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