糀谷
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歴史
1879年(明治12年)4月22日に浜竹村・下袋村が糀谷村と合併し、1889年(明治22年)にその区域が羽田村大字糀谷(のち羽田町大字糀谷)となった。1932年(昭和7年)10月1日、東京市蒲田区発足に伴い、大字糀谷は北糀谷町・糀谷町となる[5]。
1964年(昭和39年)から1969年(昭和44年)にかけて住居表示が実施され、周辺町丁との境界を整理した上で、東糀谷・西糀谷・北糀谷が設置された[6]。「糀」は当用漢字ではないため、住居表示に合わせて、糀谷の呼び方を「宝来」とすることが考えられたが、地域住民の要望を受け、却下されている[7]。旧羽田町大字糀谷は、一部分のみの町丁を含めると、現在の羽田一・五丁目、西糀谷、東糀谷、北糀谷、大森南一 - 二丁目、萩中三丁目、羽田旭町、東蒲田二丁目にあたる(出典は小字の章を参照)。
浜竹村・下袋村と他村のつながり
元禄時点では、浜竹村は蒲田新宿村の枝郷であった[8]。1876年(明治9年)に開校した二十五番糀谷学校は、糀谷村・浜竹村・下袋村・萩中村の4か村連合で開校した[9]。1878年(明治11年)には、蒲田新宿村を加えた5か村連合の学校となった[10]。
字浜竹耕地は大字糀谷の南部に、下袋村の小名に存在した字大袋は大字糀谷の北部に位置していた[11][12]。
年表
- 宝暦年間:糀谷村で海苔の生産が始まる[13]。
- 1876年(明治9年)4月25日:糀谷村に二十五番糀谷学校(現:大田区立北糀谷小学校)が開校する[9][14]。
- 1879年(明治12年)4月22日:浜竹村と下袋村が糀谷村に合併する[12]。
- 1889年(明治22年):町村制施行に伴い、周辺町村と合併し、羽田村大字糀谷となる。
- 1902年(明治35年)6月28日:現京急空港線糀谷駅開業[15]。
- 1910年(明治43年)8月8日 - 11日:周辺の小さい川の氾濫や多摩川堤防決壊により大洪水となる(明治43年の大水害)[16]。
- 1917年(大正6年)10月1日:台風により、暴風被害と最大1.5メートルの高潮浸水被害を受ける(大正6年の高潮災害)[17]。東京湾の堤防が決壊し、冠水は最大1ヶ月以上続く[17]。
- 1923年(大正12年)9月1日:関東大震災により冠水する[18]。現在の東糀谷では、この冠水による農耕困難により、工場の誘致が始まる[18]。
- 1932年(昭和7年)10月1日:東京市蒲田区発足に伴い、大字糀谷は北糀谷町・糀谷町となる[5]。
- 1964年(昭和39年)4月1日:北糀谷町、糀谷町一・二丁目、東蒲田三丁目、新宿町から西糀谷が発足する[19]。
- 1965年(昭和40年)2月1日:北糀谷町、糀谷町二 - 五丁目から東糀谷が発足する[20]。
- 1969年(昭和44年)9月1日:北糀谷町、大森七丁目[注 1]から北糀谷が発足する[21]。
地名
地名の由来
糀谷の地名の由来には諸説ある。
- 幸治弥説[22]
- 康平5年(1062年)12月17日、安倍宗任の子である竹千代丸や、宗任の家臣らが、当地の漁師である海原幸治弥の家にたどり着き永住地としたことから。
- 貝地谷説[23]
- 貝が取れたことから。
- 荒地谷(荒地野)説[24]
- 雑草が茂った湿地帯の荒野であったことから。
- 耕地谷説[25]
- 慶長ごろに通水した六郷用水により、耕地が開拓されたことから。
浜竹村の村名の由来は、安倍宗任の子である竹千代丸と、竹千代丸の乳母の浜子から1字ずつ取ったと言われている[26]。
表記揺れ
現在の「こうじや」の表記は「糀谷」になっているが、江戸時代には異なる表記も見られた。下記に表記揺れの例を記載する。
- 麴屋
- 糀谷
- 糀屋
また、1920年(大正9年)発行『東京の近郊』には、「穴守線[注 2]は蒲田から麴谷、大鳥居を經て終點となる。」と記されている[29]。
人口
現在の人口は、東糀谷#世帯数と人口・西糀谷#世帯数と人口・北糀谷#世帯数と人口を参照のこと。
1875年(明治8年)ごろの各村の人口は、糀谷村992人、下袋村385人、浜竹村70人であった[30]。
| 年 | 人口 | 戸数 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 文化年間 | 約190戸 | 『新編武蔵風土記稿』[31] | |
| 1875年(明治8年)ごろ | 1,447人 | 256戸 | [30] |
| 1889年(明治22年)ごろ | 1,711人 | 312戸 | [1] |
| 1911年(明治44年)ごろ | 398戸 | 羽田町歳出入決算書[1] |
小字
現町名は、『地図でみる大田区(1)』113,115頁と『区勢要覧』[32][33][34]を比較したほか、萩中#町名の変遷・北糀谷#町名の変遷に記載の出典を参照した。
小字の出典は『地図でみる大田区(1)』114頁による。
- 野崎新田(現:羽田五丁目)
- 西耕地
- 北江名
- 江名耕地
- 内合耕地
- 神明町
- 中新田耕地(現:東糀谷)
- 古新田耕地(現:東糀谷)
- 古新田下耕地(現:東糀谷)
- 南前耕地
- 大新田下耕地
- 入船耕地(現:東糀谷)
- 北前耕地(現:東糀谷)
- 旭耕地(現:東糀谷)
- 中耕地(現:西糀谷)
- 浜竹耕地(現:西糀谷・萩中三丁目)
- 南耕地(現:西糀谷三丁目・東糀谷・萩中三丁目・羽田一丁目)
- 糀町(現:西糀谷)
- 北耕地(現:東糀谷一丁目)
- 塩場耕地(現:東糀谷一丁目)
- 末広耕地
- 新町(現:東糀谷)
- 東
- 大袋
- 川島(現:北糀谷二丁目ほか)
- 岡場
- 岡場耕地