ミズノ
日本の総合スポーツ用品メーカー
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ミズノ株式会社(英: Mizuno Corporation[4]、登記社名: 美津濃株式会社、通称: ミズノ)は、大阪府大阪市住之江区と東京都千代田区に本社(登記上の本店は大阪市中央区)を置く、日本の大手総合スポーツ用品メーカー[5]。
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大阪本社(ミズノクリスタビル) | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 機関設計 | 監査等委員会設置会社[1] |
| 市場情報 | |
| 略称 | ミズノ、Mizuno |
| 本社所在地 |
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| 本店所在地 |
〒541-8538 大阪市中央区北浜四丁目1番23号 北緯34度41分32.0秒 東経135度30分1.5秒 |
| 設立 |
1906年(明治39年)4月1日(創業・水野兄弟商会)[2] 1923年(大正12年)7月19日 (美津濃運動用品株式会社) |
| 業種 | その他製品 |
| 法人番号 | 4120001077559 |
| 事業内容 | スポーツ用品の製造・販売、スポーツ施設の建設・運営受託、スポーツ機器・ライフスタイル品・ワーキング品の製造・販売[2] |
| 代表者 |
代表取締役社長 水野明人 代表取締役副社長執行役員 七條毅[1][2] |
| 資本金 |
261億3700万円 (2026年3月31日現在)[2] |
| 発行済株式総数 |
7973万4729株 (2026年3月31日現在)[2] |
| 売上高 |
連結: 2590.45億円 (2026/3月期)[3] |
| 営業利益 |
連結: 226.03億円 (2026/3月期)[3] |
| 経常利益 |
連結: 239.85億円 (2026/3月期)[3] |
| 純利益 |
連結: 183.76億円 (2026/3月期)[3] |
| 純資産 |
連結: 1742.79億円 (2026/3月期)[3] |
| 総資産 |
連結: 2514.71億円 (2026/3月期)[3] |
| 従業員数 |
連結: 3,682(1,971)人 単独: 1,507(396)人 (2026年3月31日現在)[2][注釈 1] |
| 決算期 | 3月31日 |
| 会計監査人 | EY新日本有限責任監査法人[2] |
| 主要株主 |
公益財団法人ミズノスポーツ振興財団 17.27% 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 10.54% 株式会社日本カストディ銀行(信託口) 9.91% STATE STREET BANK AND TRUST COMPANY 7.15% 株式会社三井住友銀行 3.67% J.P. MORGAN CHASE BANK 3.03% 日本生命保険相互会社 2.69% 美津濃従業員持株会 1.92% 第一生命保険株式会社 1.48% THE BANK OF NEW YORK MELLON 1.35% (自己保有株式を除く) (2026年3月31日現在)[2] |
| 主要子会社 | 関連会社参照 |
| 関係する人物 |
水野利八(創業者) 水野健次郎 水野正人(元代表取締役会長) |
| 外部リンク |
corp |

創業者水野利八の口癖『ええもんつくんなはれや』の精神が受け継がれている[6][7]。経営理念は「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する。」[2]、コーポレート・メッセージは「THE WORLD OF SPORTS」「明日は、きっと、できる。」で、2018年11月にはブランドスローガンを「REACH BEYOND」に刷新した[8]。
野球・ゴルフ・ランニング・フットボール・インドアスポーツ・ワークビジネスを主要な販売カテゴリーとし[9]、2026年3月期の連結売上高は約2,590億円、海外売上比率は40.1%、2026年3月31日時点の連結子会社は23社(国内7社・海外16社)である[3][9][2]。スポーツ用品以外に、航空機や自動車用の炭素繊維強化プラスチックなどの素材や、ビジネスシューズ・介助用品などスポーツ用品の技術を応用した製品も製造している。
概要
1906年(明治39年)4月1日に創業し、同じ大阪府に本社を置くデサント、ゼット、エスエスケイ、ザナックス、ヒットユニオン、兵庫県神戸市に本社を置くアシックスと並ぶ関西のスポーツ用品メーカーの一つである。経営は創業者の水野利八以来、1969年に水野健次郎、1988年に水野正人、2006年に水野明人が社長を継いでいる[8]。
美津濃の社名は、自身の苗字「水野」ではふさわしくないと考えた水野利八が、故郷の旧国名(美濃)の間に津(実家が木材問屋)を当て、会社に人材が集まり、店が発展した時、子孫以外の人材に立派な才能を持った人が現れるように願いを込めたものである。漢字では「美津濃」と書くが、カタカナ表記では「ミヅノ」ではなく「ミズノ」となっている。1987年(昭和62年)、社名表記が漢字の「美津濃」からカタカナの「ミズノ」に統一された。
2011年1月17日には関西大学と、教育・研究・文化の振興、人材育成、スポーツ振興、社会貢献などに関わる1年間の連携協定を締結した。この協定に基づき、同学の野球部・アメリカンフットボール部など6部に、同学体育会の統一名称「カイザー」(ドイツ語で「皇帝」の意)を基調としたデザインのユニフォームが供給されることになった。
第二次世界大戦前・中にはグライダーを自社で開発・製造しており[8]、1941年には同社の301型「ソアラー」が当時の滞空日本記録となる滞空時間10時間33分30秒(高度3600m)を記録した[10](島本真の項も参照のこと)。また軍用グライダーの開発も手がけており、代表的な機体に一式標的機などがある。
沿革
- 1906年(明治39年)4月1日 - 水野利八、弟利三と大阪市北区で「水野兄弟商会」として洋品雑貨及び運動服の製造販売業を創業[2][8]。
- 1913年(大正2年) - 野球グラブとボールの製造を開始[8][11]。
- 1923年(大正12年)7月19日 - 美津濃運動用品株式会社を設立。
- 1942年(昭和17年)1月 - 商号を美津濃株式会社に変更。
- 1961年(昭和36年)10月 - 大阪証券取引所第2部上場。
- 1962年(昭和37年)12月 - 東京証券取引所第2部に上場。
- 1970年(昭和45年)9月 - 財団法人水野スポーツ振興会を設立(現在の公益財団法人ミズノスポーツ振興財団)[12][2]。
- 1972年(昭和47年)7月 - 東証第1部、大証第1部に指定替え。
- 1977年(昭和52年)2月 - 財団法人水野国際スポーツ交流財団を設立(現在の公益財団法人ミズノスポーツ振興財団)[12]。
- 1980年(昭和55年)4月 - ロゴを変更。
- 1981年(昭和56年)9月 - ミズノランバード株式会社を設立。
- 1988年(昭和63年)2月 - 名古屋証券取引所第1部に上場(2003年4月に名証での上場廃止)。
- 1992年(平成4年)3月 - 大阪市住之江区に地上31階建ての新本社ビル「ミズノクリスタ」が完成し、本社を移転[2][13]。
- 2006年(平成18年)4月 - 創業100周年。同年6月、水野明人が社長に就任[8][2]。
- 2008年(平成20年)2月- 時間外労働の賃金を支払っていなかったとして、大阪南労働基準監督署から是正勧告を受けたと発表[14]。その後の調査で、残業代の不払いが18億6,000万円に達することが明らかとなり、水野明人社長ら役員の報酬を減額[15]。
- 2018年(平成30年)12月 - スポーツ振興などで大阪府寝屋川市と[16]、働き方改革などで大阪府と[17] それぞれ連携する協定締結。
- 2021年(令和3年)6月30日 - 1927年に本社屋として完成したミズノ淀屋橋店(大阪市中央区)が閉店[18]。
- 2022年(令和4年) - 研究開発施設としてミズノエンジンを大阪本社敷地内に建設[19]。
- 2026年(令和8年)4月1日 - 創業120周年[20]。
事業
製品と技術
幅広い種目のスポーツ用品・ウェアを手掛けており[注釈 2]、2026年3月期のカテゴリー別売上高は野球が約415億円、ゴルフが約364億円、ランニングが約249億円、フットボールが約224億円、インドアスポーツが約207億円、ワークビジネスが約175億円であった[9]。
野球ではイチロー、松井秀喜をはじめプロ・アドバイザリースタッフ契約選手が多数存在し、グラブ、スパイクシューズ、バット、バッティンググラブなどの野球用品を手掛け、野球は2026年3月期に最大の販売カテゴリーであった[9]。2011年シーズンからはプロ野球全球団に統一仕様球を供給することとなった[21]。軟式野球・ソフトボール用には2002年にバット「ビヨンドマックス」を発売した。ボールが当たる部分にウレタン系の材質を用い、打球時にボールが潰れにくくして飛距離を得る構造である。
ゴルフでは1本の丸棒からヘッドを成型する鍛造製法のアイアンを製造している[22]。米調査会社Golf Datatechの調査では、2025年1〜2月のアイアン部門のシリーズ別ランキングで「JPX925 HOT METAL」が全米シェア1位となった(メーカー別では15.3%で4位)[22]。ランニングでは、ソールに波形の樹脂プレート「ミズノウエーブ」を内蔵したシューズ「ウエーブライダー」を1997年に発売し、以後改良を重ねている。同社によれば、ミズノウエーブの最初の特許出願は1982年である[23]。
サッカーではスパイクシューズ「モレリアII」シリーズを展開しており、参入初期には水島武蔵やカレッカらが使用した。1993年のJリーグ発足時にはリーグ全チームのリーグ戦用ユニフォームがミズノ製であった[注釈 3]。2024年12月時点ではJリーグの5クラブがミズノ製ユニフォームを採用している(チームサプライ契約を参照)[24][25][26][27][28][29]。
競泳では1965年に英国の水着メーカーSPEEDO社とライセンス契約を結び、日本での同社ブランド製品の製造・販売に加え、ブランド全体の技術開発も担った。2006年4月1日の創業100周年を機に「全商品のブランドを“MIZUNO”に統一する」方針を決定し、期間の残っていたライセンス契約を2007年5月31日付で解消して、以後は自社ブランドの水着を製造・販売している(同ライセンスは三井物産が引き継ぎ、ゴールドウインに製造を委託して国内展開している)。このほかバレーボール・卓球・バドミントンなどのインドアスポーツ用品も扱う[9]。
スポーツ施設・ワーク・ビジネス・素材事業
同社によれば1950年代からスポーツ施設の設計・施工を手掛け、子会社ミズノスポーツサービスとともに公共スポーツ施設の指定管理やPFI事業にも参画しており、2026年4月時点で全国169物件・1,240施設を管理運営している[30][2]。ワーク用品ではスポーツ用品の技術を応用したワークシューズやワーク用ウェアを展開している[2][8]。このほかライフスタイル品も手掛ける[2]。
生産拠点と研究開発
国内生産は主に製造子会社のミズノテクニクス(岐阜県養老町)が担い、前身の養老工場は1943年3月に操業を始め、2002年4月の会社分割で独立した[2]。同社は養老工場のほか兵庫県内に波賀工場・山崎ランバード工場・氷上工場を持ち[31]、養老の本社・工場の従業員は258人(2026年3月31日時点)である[2]。海外では中国・タイ・インドネシア・ベトナム・カンボジアなどの自社工場や委託先工場で生産している[2]。2022年11月には大阪本社の敷地内に研究開発施設「ミズノエンジン(MIZUNO ENGINE)」(総事業費約50億円)を開設した[32]。2026年3月期の研究開発費は約31億7,000万円である[2]。
業績
WWDJAPANによれば、売上高と各利益は2023年3月期以降4期連続で過去最高を更新した[9]。
海外展開
海外では1986年に台湾・台北、1991年にカナダ、1992年に香港、1994年に上海、1996年に米国ジョージア州に子会社を設け、2021年にはオランダに欧州事業を統括するMIZUNO EUROPE B.V.を置き、2025年にはインドとカンボジアに子会社を設立した[2]。2026年3月31日時点の海外の連結子会社は16社で、北米・欧州・アジア・オセアニアの15の国・地域に置かれ、米国と上海の法人はスポーツ用品の製造も行う[2]。欧州ではスポーツシューズ・ウェア・ゴルフ用品などを、米州ではこれに野球用品を加えて販売しており、2026年3月期の地域別売上高は日本が約1,552億円、米州が約377億円、欧州が約308億円、アジア・オセアニアが約354億円であった[2]。
スポーツ振興・社会活動
1970年に財団法人水野スポーツ振興会、1977年に財団法人水野国際スポーツ交流財団を設立し、両財団は2010年に合併して現在の公益財団法人ミズノスポーツ振興財団となった[12]。同財団はスポーツ関連団体への助成、スポーツ科学研究への助成、ミズノスポーツメントール賞・ミズノスポーツライター賞(1991年に日本体育協会・日本オリンピック委員会との共催で創設[12])の表彰、子ども向けスポーツ教室などを行い[33]、2026年には2028年開催の信州やまなみ国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会の実行委員会に500万円を助成した[34]。同財団は2026年3月31日時点でミズノの筆頭株主(17.27%)でもある[2]。
オリンピックでは1972年札幌大会でスタッフユニフォームの約85%にあたる83,000点を、1998年長野大会ではゴールドスポンサーとして聖火リレーランナー約42,000人分のユニフォームを納入し、2021年東京大会では日本の15競技団体のサプライヤーとしてウェアやシューズを、2024年パリ大会では同じく15競技団体にウェアを提供した[12]。
商標の変遷
- 1906年(明治39年) - 水野兄弟商会の創業時
- 紋所の井ゲタの中心に、「日本一になる」という願いを込めて「日」の一文字を入れた「イズ日印」を制定。
- 1923年(大正12年) - 美津濃運動用品の設立時
- 「イズ日印」を基に、井ゲタの中心に図案化した「日」の字を入れ、外周を「TRADE MARK MIZUNO CO.,LTD.」のロゴで囲った。同時期には優勝カップを模った「VICTORYカップ印」も商標として使用した。
- 1952年(昭和27年) - 英字ロゴ
- 創業者の水野利八、二代目の水野健次郎のイニシャルを配した「R.K.Mizuno」。
- 1950年代後半のロゴ
- 漢字表記の「美津濃」(のちに「美津濃スポーツ」)のロゴを採用。1959年(昭和34年)には「VICTORYカップ印」をモデルチェンジし、店頭ポスターやテレビCM、広告で幅広く使用した。
- 1969年(昭和44年) - 英字ロゴ
- ブロック体で図案化した「MIZUNO」。漢字ロゴ・カップ印と共に使用。
- 1980年(昭和55年) - CI導入
- コーポレートアイデンティティ(CI)を導入し、ブルー系の色で統一したワードマーク「MIZUNO」と、頭文字の「M」から採ったモノグラムの「Mマーク」を制定。
- 1983年(昭和58年) - ランバードライン
- スポーツシューズのラインマークを「Mライン」から、惑星軌道をモチーフに躍動感を表現した「ランバードライン」に一新。
- 1997年(平成9年) - ミズノランバード
本社ビル

ミズノクリスタ
大阪本社ビルは大阪市住之江区にあり、「ミズノクリスタ」の名称をもつ。ミズノクリスタの1階ロビーには、契約選手のパネルや使用している用具、各種スポーツのシューズなどが展示されている[36]。
旧本社ビル
旧本社ビルは大阪市中央区にあり、創業者の水野利八の決断で1927年に完成した、鉄筋コンクリート8階建ての建物である[13]。建設時には当時珍しかった懸垂幕による広告や、大食堂の「ライスカレー」が有名だった[13]。1992年に本社を住之江区に移転し、旧本社ビルには直営店(ミズノ淀屋橋店)が置かれた[13]。
しかし、淀屋橋駅西地区第一種市街地再開発事業により旧本社ビルは解体されることになり、直営店のミズノ淀屋橋店は2021年6月30日に閉店した[13]。跡地には再開発による高層ビルの建設と直営店の再出店が計画され[13][37]、地上29階建ての淀屋橋ゲートタワーの2階に2026年7月9日に直営店「ミズノゴルフ淀屋橋ゲートタワー」を出店すると2026年4月に発表した[38]。
関連会社
クラブチーム&契約
保有するクラブチーム
ミズノは自らもクラブチームを有する。その最大の目的は、商品開発に欠かせない各種データを収集することである。陸上競技だけだったが、2007年(平成19年)、水泳用品も自社展開することになり水泳部も発足させた。
MTC(ミズノトラッククラブ)
ミズノ社の正式な陸上部である[39]。
チームミズノアスレティック
ミズノがサポートを行っている陸上競技選手の集まりであり、前述のMTCと異なり所属者はミズノ社員ではない。松下祐樹や中村太地など、このチームに参加していた選手がMTCに所属するようになることもある。
ミズノスイムチーム
2007年(平成19年)6月の水泳用品自社展開開始に合わせて発足したミズノの正式な水泳部。他にも多くの 外部契約選手 を擁する。
- 主要所属選手
- 主なOB/OG
参照[40]
チームサプライ契約
- 日本プロ野球
- 広島東洋カープ(ホーム用)[注釈 4]
- 阪神タイガース
- 北海道日本ハムファイターズ
- 中日ドラゴンズ(2018年 - )
- 千葉ロッテマリーンズ(2020年 - )
- 東北楽天ゴールデンイーグルス(2020年 - )
- 読売ジャイアンツ(2021年 - 2022年)
用具契約アンバサダー
協賛イベント
- ゴルフトーナメント
- 全英への道 ミズノオープン
- 賢島女子オープンミズノクラシック(現・TOTOジャパンクラシック)
- 大阪国際女子マラソン - 協力・スポンサーの1社(1982年~2012年)
- 世界陸上競技選手権大会
- 東京箱根間往復大学駅伝競走
CM
テレビ番組への提供においては、在阪テレビ局の関西テレビ放送と強固な関係を持ち、1976年4月放送開始の『キングズゴルフ』から20年以上に渡り、フジテレビ系列の土曜23時台前半に一社提供枠を持っていた。特に『クイズDEデート』や『新・パンチDEデート』、『ねるとん紅鯨団』、『とんねるずのハンマープライス』といった視聴者参加型番組がこの枠からヒットした(特に『ねるとん紅鯨団』と『とんねるずのハンマープライス』、後番組『JAPAN BOYS』の司会をしていたとんねるずは、この枠で11年半にわたって出演するとともに、ミズノのCM[注釈 5]にも出演していたことがある。 エンディングの提供読みは、ミズノのCMサウンドロゴを用いる斬新なスタイルとなっていた。とんねるずが司会を降板した1999年春以降も、同枠はスポーツバラエティ番組を制作・放送していたが、『福山エンヂニヤリング』放映中の2002年(平成14年)3月末を最後に、一社提供を帝人に譲ってスポンサーから降板した。
そのほか、スポーツを題材にしたテレビアニメでは番組提供だけでなく、2015年の『ダイヤのA』(テレビ東京系列)では制作協力、2018年の『はねバド!』(BS11・AT-Xほか)では取材協力・協賛として参加している。また、スポーツ中継などで契約アスリートが出演するCMを流すことがある。
スポンサー番組
- 関西テレビ 大阪本社制作(フジテレビ系)
- 関西テレビ 東京支社制作(フジテレビ系)
- 上海紅鯨団が行く
- とんねるずの番組
- ねるとん紅鯨団 - 一部地区ではスポンサー差し替えorミズノを含む複数社提供だった。
- とんねるずのハンマープライス(同上)
- JAPAN BOYS
- Sports Party ただいま夢中!
- S-FIELD
- ファイトマネー
- スゴ腕!バウト
- 福山エンヂニヤリング(途中降板)
- その他(過去も含む)
- 日本テレビ系
- NNNきょうの出来事(土曜は一部地域でスポンサー差し替え)
- 水曜ロードショー
- 月曜10時枠連続ドラマ(よみうりテレビ制作、2003年4月 - 12月[注釈 6])
- 日曜☆特バン(TBS系)
- 火曜ワイドスペシャル(フジテレビ系)
- ダイヤのA(テレビ東京系)
CM出演者
- 具志堅用高 - 「スーパースター」「Mラインスポーツシューズ」(1980年)
- 松山千春 - 「ラッセルスポーツウェア」
- 松岡修造 - ミズノブランドアンバサダーとして契約している。
- とんねるず
- 佐藤藍子 - 「スーパースター」
- 国生さゆり - 「ランバード」(1986年)
- 陣内孝則 - 「スーパースター」(1987年)
- 柏原崇 - 「スーパースター」(1997年)
- 菊川怜 - 「スーパースター」 (2004年)
- 加藤清史郎 - 「ミズノキッズ」(2010年)
- 米村でんじろう - 吸湿発熱素材「ブレスサーモ」(2012年)
- 柴咲コウ - 「ミズノランニング」(2012年)
- 山本彩(当時NMB48) - 「ミズノ部活応援宣言!」(2014年)
- 菜々緒 - 「ミズノウィメンズ」(2015年)
- 竹内涼真 - 「MIZUNO TRAINING」(2018年)
- 松井愛莉 - 「ミズノアクアフィットネス」「ミズノランニング」(2020年)
テレビ番組
- 日経スペシャル ガイアの夜明け(テレビ東京)
- 日経スペシャル カンブリア宮殿 スポーツの「ミズノ」が快進撃 知られざるビジネスの全貌(2023年9月28日、テレビ東京)- 社長 水野明人出演[44][45][46]。
- がっちりマンデー!!「ミズノ!売上げ過去最高!スポーツだけじゃない!」(2024年7月14日、TBS) - 社長 水野明人出演[47]。
- 知られざるガリバー〜エクセレントカンパニーファイル〜(2024年11月16日、テレビ東京)- 社長 水野明人出演[48][49]。
- ふるさとの未来(2025年7月2日・9日・16日、TBS) - 社長 水野明人出演[50]。