ゆうこく連合
日本の政治団体 (2025-)
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党史

2024年9月4日、衆議院第二議員会館で行われたイベントで、当時立憲民主党の衆議院議員であった原口一博が全国289の小選挙区に憂国連合を作る意向を示す[5]。2024年に「日本独立」「日本再興」「日本救世」を掲げる任意団体として発足[6]。
2024年12月4日、ゆうこく連合支援議員懇談会「第1回準備会・交流会」が開催される。立憲民主党の現職議員では、代表世話人の原口の他、松木謙公(幹事長、北海道ブロック代表世話人)、末松義規(東京ブロック代表世話人)、青柳陽一郎(南関東ブロック代表世話人)、牧義夫(東海ブロック代表世話人)、亀井亜紀子(中国ブロック代表世話人)、川内博史(九州ブロック代表世話人)が参加。れいわ新選組の多ケ谷亮(顧問)も出席。その他、顧問として、吉野敏明、村上康文、奥野卓志、林千勝、木村佳子が参加した[7][8]。
2025年5月14日に原口を代表世話人として、政治団体ゆうこく連合政治協会が設立される[9]。
2025年7月に行われた第27回参議院議員通常選挙では現職参議院議員でゆうこく連合の川田龍平[1]が立憲民主党から比例代表で立候補したが落選[10]し、ゆうこく連合としての参議院の議席を喪失する。
2026年1月15日、立憲民主党と公明党が合流し、新党「中道改革連合」を結党する動きに対し、原口は反発し、新党には加わらず、ゆうこく連合を政党化する意向を示した[11][12]。1月20日、原口は衆議院議員会館で記者会見を開き、立憲民主党を離党し、次期衆議院選挙にゆうこく連合から立候補すると共に、ゆうこく連合の政党化を目指すことを表明[13][14]。会見には水島総、林千勝、村上康文、吉野敏明、石濱哲信、石田和靖も同席した[15]。会見で原口は立憲から末松義規が合流すると主張したが、同日に末松の事務所が否定した[16]。また、ゆうこく連合で幹事長を務めた松木も中道改革連合に参加する意向を示した[17]。
衆議院が解散された1月23日には、政党要件を満たしたと原口が発表[18][19][20]。1月24日、原口が減税日本の河村たかしを共同代表に迎え、参政党を離脱した鈴木敦とも合流[21]、政党要件である現役国会議員5人(原口、河村、鈴木及び減税日本所属の平岩征樹、竹上裕子)の条件を満たし、「減税日本・ゆうこく連合」として政党化した[22]。
2月8日の投開票の結果、減税日本・ゆうこく連合の当選者は減税日本出身の河村の1議席のみとなり、原口は落選した。また党としての得票率も2%に満たなかったため、公職選挙法、政治資金規正法、政党助成法の各法における政党要件を喪失した[23]。
3月1日に行われた立憲民主党の佐賀県連常任幹事会に原口は出席し、政治活動を継続する意向を表明。報道陣の取材に対し、翌年の統一地方選で政治団体「ゆうこく連合」の候補を全国各地で立てるため、4月から政経塾を始めると述べた[24]。