竹上裕子
From Wikipedia, the free encyclopedia
栃木県宇都宮市出身。1978年3月、栃木県立宇都宮中央女子高等学校卒業。1982年3月、宇都宮大学教育学部中学校教員養成課程国語科卒業[1]。
1982年4月から、結婚による中断を挟み、栃木県と愛知県にて34年半、公立小中学校(国語科)の教員を務め(豊橋市立青陵中学校、豊橋市立南稜中学校、豊橋市立本郷中学校、豊橋市立羽田中学校、豊橋市立章南中学校など)、2020年3月定年退職。以降、夫の家業である有限会社竹上豆腐店を手伝う[1]。
2021年9月、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」に端を発した愛知県知事・大村秀章へのリコール署名運動をきっかけとして、名古屋市長・河村たかしが代表を務める減税日本の政策に共鳴し、政治活動を開始[1]。
2022年2月6日執行の愛知県議会議員補欠選挙(豊橋市選挙区での2人の議員辞職に伴う)に、減税日本公認で立候補し、改選数2に対し3人中2位となり初当選[2]。当時減税日本と協力関係にあった日本維新の会でも特別党員を務めたが、両党の第20回統一地方選挙を巡る選挙協力が白紙になったことを受け、2022年11月に維新を離党した[3]。
2023年4月9日執行の愛知県議会議員選挙では、定数5に対し8人中7位で落選。
2024年10月8日、河村たかしが共同代表として参加した日本保守党が次期衆院選比例東海ブロックの1位に竹上を擁立すると発表[4]。10月27日執行の第50回衆議院議員総選挙では、日本保守党が比例東海ブロックで1議席を獲得したため、初当選を果たした[5]。
2025年9月19日付で日本保守党に離党届を提出。党内では代表の百田尚樹と共同代表の河村との間で組織拡大の手法を巡り亀裂が生じており、党の在り方に疑問を抱いたことなどが離党届提出につながったと報道された[6]。また、議員活動は当面の間無所属で行なう意向を示した[6]。9月24日、国会内で記者会見し、19日に党本部あてに離党届を郵送したことを正式に明らかにした。会見では百田尚樹代表や有本香事務総長の党運営を批判したほか[7]、党から支給されるチラシやポスターの枚数が他と比べて少なかったとして「著しい不公平がある」と批判。党が任命した公設秘書が指示に従わないこともあったと主張し「この状況を受け入れられない」とした[8]。有本事務総長は取材に「離党届は受理していない。議員辞職を求めていく」と述べた[8]。
9月29日、保守党の衆議院会派を離脱した[9]。10月8日、保守党に離党届を提出した河村と共に新たな会派「減税保守こども」を結成した[10]。保守党側は11月14日時点で河村・竹上の離党届を受理していないとしている[11]。12月17日、減税日本は次期衆院選の愛知15区に竹上を擁立すると発表した[12]。2026年1月20日、保守党は竹上と河村を16日付で除籍したと明らかにした[13]。
同年1月24日、減税日本の河村たかしとゆうこく連合の原口一博が共同代表を務める新党「減税日本・ゆうこく連合」が設立され、竹上も参加した[14]。
同年2月8日投開票の第51回衆議院議員総選挙では、愛知15区から立候補して得票率6.38%となり、6人中5位で落選した。