アポロティアモ
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| アポロティアモ | |
|---|---|
| 現役期間 | 2019年 - 2024年[1] |
| 欧字表記 | Apollo Ti Amo[1] |
| 品種 | サラブレッド[1] |
| 性別 | 牡[1] |
| 毛色 | 栗毛[1] |
| 生誕 | 2017年3月13日(9歳)[1] |
| 抹消日 |
2022年9月22日(JRA)[2] 2024年7月12日(NAR)[3] |
| 父 | ヴィクトワールピサ[1] |
| 母 | アポロノカンザシ[1] |
| 母の父 | Ghostzapper[1] |
| 生国 |
|
| 生産牧場 | 天羽禮治[1] |
| 馬主 |
アポロサラブレッドクラブ →伊藤とみ枝[1] |
| 調教師 |
岩戸孝樹(美浦) →田中守(高知)[1] |
| 競走成績 | |
| タイトル | 高知競馬最優秀4歳以上馬(2023年) |
| 生涯成績 |
46戦16勝[1] (中央競馬)21戦3勝 (障害競走)3戦0勝 (地方競馬)22戦13勝 |
| 獲得賞金 |
1億2230万円[1] (中央競馬)5010万円 (地方競馬)7220万円 |
| 勝ち鞍 |
福永洋一記念(2023年) トレノ賞(2023年) 建依別賞(2023年) |
アポロティアモ(欧字名:Apollo Ti Amo、2017年3月13日 - )は、日本の競走馬[1]。主な勝ち鞍は2023年の福永洋一記念、トレノ賞、建依別賞。
2歳(2019年)
2019年10月20日、東京競馬場サラ系2歳新馬でデビューし4着。2戦目にて初勝利を挙げた。2歳時の通算成績は2戦1勝2着0回。
3歳(2020年)
3歳となったアポロティアモの初戦には、2020年2月8日のサラ系3歳1勝クラスが選ばれた。レースでは2番人気に支持されたものの13着に沈んだ。その後も1勝クラスに出走するも二桁着順となる。転機が訪れたのは7月19日の1勝クラス。例に漏れず二桁人気だったが2着と好走。以降は4番人気、2番人気と人気を集めていき、9月27日には2歳2戦目以来の1番人気となった(結果は2着)。その後12月にもう一戦するも2着に終わった。3歳時の通算成績は9戦0勝2着5回。
4歳(2021年)
古馬初戦は1月5日。横山武史騎乗で2着を記録。次走の距離延長したダート2100mの1勝クラスでは2着馬に2馬身1/2をつける快勝。その後の2勝クラスは5着と黒星スタートとなるも掲示板を外さない堅実な走りを見せた。6月と9月の特別競走にて着外を記録するも11月20日のサラ系3歳上2勝クラスにて勝ち星を挙げたことで3勝クラスへ格上げとなった。4歳時の通算成績は8戦2勝2着2回。
5歳(2022年)
5歳初戦は1月5日の招福ステークス(3勝クラス)。前目につける先行策をとるも7着に沈んだ。次走は自身初の西日本・阪神競馬場での3勝クラス。しかしここでも見せ場を作れず11着に沈んだ。以降は障害競走に転向し6月には障害初戦となるサラ系障害3歳上未勝利に出走。4番人気に支持されるも競走中止。2戦目は完走こそするも11着。3戦目は競走中止と障害での成績も芳しくなかった。折悪く馬主のアポロサラブレッドクラブが解散することとなり売却される。売却後は高知競馬で活躍することとなる。地方移籍後の初戦となる10月22日ではグッドヒューマーをクビ差で抑え白星スタートとなる。次走は黒潮マイルチャンピオンシップに出走するもララメダイユドールの9着と大敗。その後の一般競走で1着となったのち準重賞・ラニ賞で3着をマークした。なお12月末の高知県知事賞ではガルボマンボの8着と沈んだ。5歳時の通算成績は10戦2勝2着0回。
6歳(2023年)
6歳初戦は1月15日の一般競走。白星スタートを切るも重賞級では取りこぼす競馬が続いた。しかし2月5日の特別競走から3連勝で迎えた3月の御厨人窟賞ではモダスオペランディにクビ差まで迫り2着をマークした。その後もA級戦線で活躍し5月13日の一般戦勝利を皮切りに福永洋一記念、カレンブラックヒル賞、トレノ賞[4]、建依別賞[5]を勝利。重賞3勝・準重賞1勝含む5連勝を記録した。9月には遠征馬として園田チャレンジカップへ参戦。見せ場を作るもイグナイターの2着と勝ち星を挙げるには至らなかった。その後は高知に戻り準重賞・レッドファルクス賞を制した。11月には2度目の黒潮マイルチャンピオンシップに出走するもガルボマンボの4着と敗れた。6歳時の通算成績は16戦11勝2着2回(内重賞3勝、準重賞2勝)。
この年の活躍により、2023年の高知競馬最優秀4歳以上馬に選ばれた[6][7]。
7歳(2024年)
7歳初戦は1月14日の大高坂賞。逃げるグッドヒューマーを捉えきれず2着に敗れた。その後出走はなく、7月12日付で地方競馬登録を抹消された[3]。引退後は高知県土佐清水市のNPO法人あしずりダディー牧場命の会に受け入れられている[8]。