アメリカライオン
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| アメリカライオン | |||||||||||||||||||||||||||
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アメリカライオン Panthera atrox | |||||||||||||||||||||||||||
| 分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||||||||
| Panthera atrox Leidy, 1853 | |||||||||||||||||||||||||||
| シノニム | |||||||||||||||||||||||||||
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| 和名 | |||||||||||||||||||||||||||
| アメリカライオン アメリカンライオン | |||||||||||||||||||||||||||
| 英名 | |||||||||||||||||||||||||||
| American lion | |||||||||||||||||||||||||||
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アメリカライオン(Panthera atrox または Panthera leo atrox)は、北米大陸に生息していたヒョウ属の化石種であり、約34万年から11,000年前の後期更新世まで生息していた[1][2][3]。現生のライオン(P. leo)の亜種であるホラアナライオン(P. spelaea)の近縁種である[4][5]。

北アメリカライオン(North American lion)とも呼ばれる。日本語でも英名や学名から「アメリカンライオン」や「パンテラ・アトロクス」と表記されることもある。学名の「アトロクス(atrox)」はラテン語で「恐るべき」という意味である[6]。
遺伝子解析によってホラアナライオン(P. spelaea)と姉妹系統であることが示されている[4]。ホラアナライオンがユーラシア大陸において東方へと分布を拡大させていく過程で分岐した東シベリアの亜種「P. s. vereshchagini(東シベリアホラアナライオン / ベーリングホラアナライオン)」が、30万年以上前にベーリング地峡を経て北米大陸に到達した子孫がアメリカライオンであると考えられている。この「P. s. vereshchagini」はホラアナライオン(P. spelaea)とアメリカライオンの中間的な大きさを持っていたとされる[6][7]。
なお、以前は特異な大型のジャガーの一種と考えられていた「パタゴニアパンサー(P. onca mesembrina)」が、実際にはホラアナライオンやアメリカライオンに近縁であった可能性も示唆されている[8][9]。
分布

ホラアナライオン、または「P. s. vereshchagini(東シベリアホラアナライオン / ベーリングホラアナライオン)」[7]も含めるならば化石はアラスカ州からメキシコにかけて発見されている[10][11]。
ホラアナライオン(または P. s. vereshchagini)はアラスカ州とカナダのユーコン準州に、アメリカライオンはより南方に分布していたが、この2種の分布が隔てられていた要因としては、当時のこの空白地域が氷河で閉ざされていたことが指摘されている[6][7]。
また、仮にパタゴニアパンサーが将来的に再分類されてホラアナライオンの系譜に組み込まれるならば南米大陸も本系統の生息地であったことになる。パタゴニアパンサーは南米大陸の最南端に近いアルゼンチンのティエラ・デル・フエゴ州からも痕跡が発見されている[8][9]。
特徴


頭胴長1.6 - 2.5メートル、体高120 - 130センチメートル、体重180 - 370キログラム(または430キログラム)に達し、形態上は現生のライオンとの近似性が強いが大きさは約25%も大きく[6]、既知のヨーロッパホラアナライオンやケニアから発見されている「ナトドメリライオン(Natodomeri lion)」[13]、インドネシアのスンダランドに分布したトラの最大種のンガンドントラ[14]に匹敵する最大のネコ科の動物の1つと考えられている[15]。
当時の北米大陸の頂点捕食者ではショートフェイスベアに次ぐ大きさを持つが、同じく大型のネコ科であったスミロドンよりも若干ながら体重は軽かった[16]。
競合相手であった剣歯虎(サーベルタイガー)とは異なり、現生種(P. leo)も含めてライオンは長大な犬歯を持たないため、大型の獲物を狙う際には対象の皮膚を犬歯で貫通させることはなく、獲物を引きずり倒して窒息させる方法を取る。アラスカ州で発見されたバイソンの化石にライオンの犬歯に由来すると思われる傷跡が残されていることからも、ホラアナライオンの系譜も同様の狩りを行っていたと推測される。一方で現生種と同様に大きな群れを作っていたのかは不明である。社会性が強いライオンの脳は単独性が強いトラよりも大きくなる傾向があり、アメリカライオンの脳も大きかったことから群れ社会を形成していたとも考えられている[12]。
しかし、ラ・ブレア・タールピット[5]から発見された歯の内訳は雌雄の比率が同じであり、雌が多数派を占める現生のライオンのプライド(群れ)とは大きく異なっている。このため、アメリカライオンは比較的に小さな群れを作っていたか、または雌雄のペアや家族単位で行動していた可能性がある。大規模な群れを形成しなかった可能性はホラアナライオンにも指摘されており、ホラアナライオンの系譜が発達したたてがみを持たなかっただろうことは、より小規模な社会構成のために雄同士の激しい競争や殺し合いが存在していなかった可能性を示唆させる考察の材料になっている[12]。
人間との関係

アメリカライオンを含むホラアナライオンの系譜は後期更新世に発生した「第四紀の大量絶滅」を機に絶滅している。この大量絶滅は人類の影響、気候変動、またはこれらの要因が複雑に作用した結果として引き起こされたと考えられている。地域や時期によって人類が当該地域の生態系に及ぼした影響の程度にも差はあった可能性が指摘されているが、北米大陸と南米大陸はオーストラリア大陸と同様にメガファウナなどの多様性の低下と生態系の変容に人為的な要因が非常に大きく影響したと思わしく、とくに南北アメリカ大陸の生態系の崩壊は通称「電撃戦」と称されるほどに急激なものだった[17]。
当時の北米大陸には、アメリカライオンおよびホラアナライオンの他にも、ホモテリウム、スミロドン、ダイアウルフ、ショートフェイスベアなどの頂点捕食者が存在していた。これらの頂点捕食者はバイソン属、ウマ科、長鼻目(ケナガマンモス・コロンビアマンモス・マストドン)などのメガファウナなどへの依存度が高く、多様な動物相が人為的な原因で減少・絶滅したり小型化したことによって、最終的には共絶滅を迎えたと思われる。多くのメガファウナが激減・絶滅する中で比較的に多く個体数が保たれていたのがバイソンであるが、バイソンの生息環境の中心は草原であり、身を隠す場所に乏しかったこのような環境もアメリカライオンなどにとっては不利に働いた可能性がある。また、草食・雑食性の動物相だけでなく、これらの頂点捕食者自体も人類によって狩猟の対象とされ、各々の生息数がさらに低下した原因の一つになった可能性も指摘されている[17]。
絶滅間近の記録としては、人類の痕跡が発見されてきたアイダホ州のジャガー洞窟(Jaguar Cave)の約1万2,000年前の地層から多数の化石が報告されており、アメリカライオンが人類に狩猟対象とされていた可能性も存在する。なお、ミズーリ州の洞窟では本種の可能性がある足跡が発見されているが、年代は約8,000年前と推定されている[6]。
再野生化運動の一環である「更新世再野生化」においては、ホラアナライオンやアメリカライオンの代用として現生のライオンをユーラシア大陸の各地や北米大陸に野生導入することで、これらの絶滅したライオンのニッチを補充させたり、現生のライオンにアフリカ大陸以外の生息地を提供することでアフリカ大陸などにおける絶滅の危険性を低減させることが議題として扱われることもある[18][19][20]。