イタリア国鉄ALn990気動車

From Wikipedia, the free encyclopedia

OM製のALn990.3004号車、パヴィーア駅、1987年
同じくOM製のALn990.3037号車、Fiat製の機体も外観は乗降扉以外ほぼ同一、アウッラ駅、1987年

イタリア国鉄ALn990気動車(イタリアこくてつALn990きどうしゃ)はイタリアイタリア国鉄(Ferrovie dello Stato Italiane(FS))で使用されていた本線用液体式もしくは機械式気動車である。

イタリアでは、1930年代以降、リットリナ[1]と呼ばれる、1基もしくは2基のエンジンを台車上に搭載した機械式の軽量気動車が各地で導入されており、省力化や高速化、サービス向上などが図られていた。基本的には機械式気動車である[2]リットリナは、最初の機体である1932年製のALb48およびALb64では車体の片側台車に装架した主機を運転士が前後どちらの運転台からも操作可能なものとなり、その後1933年製のALn56では前後の台車に装架した2基の主機の総括制御が、1936年製のALn556では2両編成の総括制御が可能となっていた。また、ローカル列車用のみならず優等列車用の機体も導入されており、3車体連接で2+1列の3人掛け固定式クロスシートの1等室/2等室と、厨房・配膳室、荷物室を装備するATR100や、2車体連接でベッドルーム/シャワールーム付の個室と、ラウンジ、厨房・配膳室を装備するATS1といった車両も運行されていた。また、1940年以降にはリットリナの次の世代の気動車として、2基の主機を車体に装荷し、DF1.15液体変速機を搭載する液体式気動車であるALn772が導入されていた。

しかし、その後第二次世界大戦によりイタリアの鉄道網や機材は荒廃し、1940年代後半にはその復旧に力が入れられ、優等列車用のETR200電車をはじめとする戦前の機材が再整備される一方、戦前の機材の復旧だけでは増加する輸送量に対応できなかったため、E.424電気機関車やALn772気動車の生産が再開されるとともに、普通列車用の電車および気動車の新形式の導入が計画された。この計画に基づき導入された電車がALe840、気動車がALn880および本項で記述するALn990であり、デザイン上の類似点も多かった。このうち気動車は製造メーカーによって形式が分かれており、Fiat[3]製のものをALn990(メーカー型式は071型)、Breda[4]製のものをALn880とし、ALn772の際と同様に、メーカーとしては規模の小さかったOM[5]についてはFiatの原設計による機体をベースに独自の設計を反映させたALn990を生産する方式としているほか、各形式ともほぼ同一の車体を持つ制御客車も用意されており、形式名はそれぞれLn990、Ln880とされている。

ALn880およびALn990におけるALn772からの主な変更点は、経済性を考慮して主機を小出力2機関搭載から大出力の1機関搭載に変更することと、2両以上の編成の列車において、乗客および乗務員の列車内通行の便を図るために機関を車体前頭部搭載から台車間床下搭載として前頭部に貫通路を設置すること、の2点であった。また、変速機については、FiatおよびBreda製の機体はリットリナから引続きの機械式として遠隔操作5段変速の変速機と流体継手を組合わせたものとし、OM製の機体はALn772から引続きの液体式として製造することとし、ALn990では変速機だけでなく台車や車体の一部もメーカーにより異なるものとなっていた。なお、本形式後は信頼性・冗長性を考慮して1980年代に至るまで5段変速の機械式変速機付の中出力ディーゼルエンジンを2基搭載した機械式気動車が製造されている。

なお、形式名の"A"は動力車両、"L"は軽量、"n"はディーゼル(使用燃料の頭文字であるが、命名規則制定当時イタリアに於けるディーゼル燃料は軽油=gasolioではなくナフサ=naftaであり、軽油を使用するようになった現在でも表記はそのままである)を表し、"990"の10位と1位の"90"は座席数を、100位の"9"は総括制御が可能であることを表すため10位の数字"9"を繰返したもの、機番の千位の"1"はFiat製、"3"はOMを、百位から一位は製造順を表している。このため、Fiat製の機体とOM製の機体を区別して呼称する際にはそれぞれALn990.1000とALn990.3000もしくはALn990.1とALn990.3と通称されており、これは制御客車のLn990においても同様となっている。なお、座席数は初期の機体のみ90席で、その後の機体は88席となっているが、形式名はALn990のままとなっている。ALn990はリットリナ以降のイタリア気動車の流れを引く流線形のデザインと1930年代以降のイタリア鉄道車両標準のイザベラと呼ばれる赤茶色塗装の車体を持つ両運転台の気動車、Ln990は同じく両運転台の制御客車であり、FIATがALn990.1001-1020の20両とLn990.1001-1005の5両を、OMがLn990.3001-3040の40両とLn990.3001-3010の10両を製造しており、各機体の形式機番と製造年、製造所、その後の経歴は以下の通りである。

ALn990経歴一覧
形式機番製造所製造年記事改造後形式改造後機番改造年廃車年
ALn990 1001-1003Fiat1950-51年座席定員90名-1975-88年
1004-10201951-53年座席定員88名
3001-3007OM1950-51年座席定員90名
3008-30401951-52年座席定員88名
Ln990 1001-1005Fiat1950-51年座席定員88名ALn9901021-10251964-66年
3001-3010OM1950-51年座席定員90名-

仕様

運行・廃車

  • 本形式はまずALn990.1001号車および1002号車が1950年8月にロールアウトし、トリノに配置されて試運転を実施している。その後トリノにはALn990.1000とLn990.1000が配置され、ALn990.1000はさらにトレヴィーゾパレルモにも配置され、ALn.990.3000およびLn990.3000はボローニャに配置されて、全車が1953年までに営業運転を開始している。
  • トリノに配置されたFIat製の機体はその後トレヴィーゾに転属し、代わりにボローニャからOM製の機体が転入している。トリノではトリノ - アローナ、トリノ - プレ=サン=ディディエ間などで運行されていたほか、ATR100とともにトリノ - ジェノバやトリノ - サヴォーナ間の都市間列車に使用されることもあった。
  • ボローニャに配置された機体はボローニャ - ヴェネツィア - トリエステ、トリエステ - パドヴァ間の都市間列車などで使用されている。また、1950年代前半には一部非電化であったミラノ - バーリ間でALe840電車と併結して運行されていた。
  • トレヴィーゾに配置された機体はALn880とともにヴェネツィア - カラルツォ・ディ・カドーレの運用で使用されたほか、主にヴェネツィア - ウーディネ、ウーディネ - ヴィチェンツァ、ヴィチェンツァ - トリエステ間の都市間列車で運行されていた。
  • その後Fiat製の機体はローマにも配置されていたが、1964年には全車がシチリア島のパレルモの配置となっており、勾配の多い同島の路線での運行のため、前述のとおり5両のLn990.1000は動力装置一式を搭載してALn990.1000に改造されており、その後一時カターニアにも配置されている。
  • ボローニャに配置されたOM製の機体はその後トリノのほかピサパヴィーアに転属となり、トリノ配置の機体もパヴィーアに転属となっている。ピサ配置の機体はフィレンツェ - ヴィアレッジョルッカ - アウッラ、ピサ - ヴォルテッラ間などで運用されていた。また、パヴィーア配置の機体はヴァレンツァ - アレッサンドリア間などで運用されていたほか、カラルツォ - ベッルーノ - ヴィチェンツァ - ミラノ間の急行列車であるフレッチャ・デッレ・ドロミーティの運用に、元TEE用のALn442-448に置換えられる1975年まで使用されていた。
  • 1979年1月時点での配置は以下の通り。
    • パレルモ:ALn990.1000 21両
    • パヴィーアもしくはピサ:ALn990.3000 39両/Ln990.3000 10両
  • 本形式は断熱材および防音材として使用されていたアスベストの除去が困難であることから、1980年代には廃車が始まり、1988年までに全車が廃車されている。また、ALn990.1005号車はシチリア島に関連する鉄道車両の保存団体であるTreno D.O.C.によって静態保存のための復元待ちの状態となっている。

脚注

参考文献

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI