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オンワードガイ

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オンワードガイ
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栃栗毛
生誕 1968年4月6日
死没 1985年10月15日
父 オンワードゼア
母 リナウン
生国 日本の旗 日本(北海道浦河町)
生産者 オンワード牧場
馬主 樫山純三
調教師 森末之助(東京)
競走成績
生涯成績 42戦10勝
獲得賞金 1億4213万0100円
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オンワードガイとは日本の競走馬である。1958年年度代表馬オンワードゼアの代表産駒。

母のリナウンは偶然にもオーナー:樫山純三の経営していた「オンワード樫山」のライバル企業「レナウン」と英表記の綴りが同じであった。同期はヒカルイマイ・ニホンピロムーテー・ベルワイドなど。

1970年6月27日にデビューしたオンワードガイであったが、札幌では4戦して全て2着という結果に終わった。結局初勝利は、府中に戻ってきた11月1日の未勝利戦であった。続く尾花賞(条件戦)・朝日杯3歳ステークスを優勝。優勝時のインタビューにおいて馬主の樫山は『ゼアにもっと良い牝馬を付けてあげれば良かった」と父馬のオンワードゼアに申し訳ないと涙ぐみながら語った。翌年クラシックの関東のエースとなった。

こうしてクラシックシーズンに突入したオンワードガイであったが、皐月賞には間に合わず、滑り込みで間に合った日本ダービーでは20着の惨敗に終わった。結局、クラシックは菊花賞をニホンピロムーテーの3着に押し上げたものの、この年の勝ち鞍は休養先の札幌で挙げたオープン戦の1勝だけであった。

古馬となってからのオンワードガイは、北海道シーズンでの主軸的存在として活躍。特に函館は強く、函館記念の他に巴賞(1800メートル・オープン特別)勝ちがある。その他の重賞勝ち鞍はAJC杯・目黒記念(春)。1972年有馬記念4着(勝ち馬イシノヒカル)・1973年天皇賞(春)4着(勝ち馬タイテエム)等、中央での大レースではなかなかトップに立てない名脇役でもあった。上記のAJC杯は東京2400メートル、目黒記念はトップハンデで2500メートルを連勝した。

父を追い天皇賞・有馬記念を目標に頑張ったが、ジリ脚的傾向が災いし入着が精一杯であった。その代わり、馬場状態の良否は問題にならない事もあり重馬場で好成績を挙げる事が多く、中央開催の重賞勝ち鞍である朝日杯・AJC杯・目黒記念は、共に重馬場(朝日杯は不良、AJC杯・目黒記念は稍重)のレースであった。

馬格は440キロ〜450キロ程度で、牡馬としては小柄であった。

引退後

血統表

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