カルボナーラ
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狭義でのカルボナーラは伝統的にグアンチャーレ(豚の頬肉を塩漬けにしたサルーミ)、ペコリーノ・ロマーノ(羊乳のチーズ)、黒胡椒、卵のみを使用する[1]。パスタは決まっておらず、 スパゲッティ、リガトーニ、ブカティーニやショートパスタも使用される。
本場ローマの伝統的なレシピではソースに生クリームや牛乳は使わない[2]。もともとは第二次大戦のローマ解放(1944年)後にローマに進駐したアメリカ軍将校の求めに応じて創られた料理で、米軍が糧食として大量に持ち込んだベーコン、生クリーム、チーズ、粉末卵黄などを使用して作られていたが、進駐米軍による占領統治終結後の1950年代から1990年代にかけて、既にイタリアで定着したカルボナーラが「イタリアの伝統料理」として再定義される過程で、グアンチャーレ、ペコリーノ・ロマーノなどを使い、生クリームを使わないなど、イタリアの文化的固有性や食材の希少性を生かした、全く別のレシピへ作り変えられてしまった歴史がある(後述の「起源」を参照)。1990年代後半にイタリアの伝統料理としてのレシピがほぼ固定され、これが狭義のカルボナーラである。
イタリア国外では、ベーコンや生クリームを使用したものが普通で、これが広義のカルボナーラである。日本風のカルボナーラでも、サルーミはベーコンなどへ置き換えられ、生クリームを用いる。ソースにパスタのでんぷんの溶け出した茹で汁を混ぜる代わりに、食用でんぷんを混ぜた「カルボナーラソース」も市販されている。
本場ローマでは卵の凝固を防ぐために、グアンチャーレを炒めた際に出る油を事前に卵液へ加え、パスタ投入後はパスタの茹で汁を加えながら素早く和えるという手法を用いる場合がある。パスタの茹で汁に溶け出したでんぷんでソースを乳化させる。
- スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ
- スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ
- 日本のカルボナーラ
- 材料のグアンチャーレ
- 材料のペコリーノ・ロマーノ
起源
ローマの料理[3][4]に起源をもつという説はよく知られるものの、実際のところその起源は諸説ある。その多くはラティウム地方に起源があるとしている[5][4][6]。 1930年に出版されたAda Boniによるローマの料理本にはカルボナーラは載っていない[7]。 よく似たパスタとして南イタリアのラード、溶き卵、チーズを使ったパスタ cacio e uova がある[8]。1837年に編纂されたイッポーリト・カヴァルカンティ(伊: Ippolito Cavalcanti)による Cucina teorico-pratica [9]にも似た手法と材料の料理があり(パンチェッタ、グアンチャーレはなく卵も固い)、ナポリ料理が起源にあるともされる[10]。いずれにしても、生卵を使う料理はサルモネラ菌の危険がある以上、冷蔵庫が発明される1800年代後半以前には遡らない。
1944年のローマ解放後、アメリカ軍が持ち込んだベーコンや卵がイタリアで流通するようになった後にカルボナーラの名前がメディアに登場しており[6][11]、第二次世界大戦時中、アメリカ兵が好む卵、ベーコン、スパゲッティを使った料理としてイタリア人シェフが考えたとされる説がある[12]。1950年のイタリアの新聞『ラ・スタンパ』にもアメリカ軍将校が求めた料理と記されている[13]。この説は多くのレシピでパンチェッタとグアンチャーレが同一の素材として扱われている理由も説明している。ローマ解放後、極度の飢餓状態にあったローマ市民を救ったのは進駐米軍の軍用配給品(レーション)で、これには粉末鶏卵とベーコンが含まれていた。米軍のレーションはほどなく闇市にも出回るようになり、卵・ベーコン・スパゲッティは、戦後混乱期のローマで最も手に入りやすい食材となった。
カルボナーラのレシピの初出は、1952年にアメリカのシカゴで出版されたイラスト入り料理本である[14][15][16]。それ以前に出版されたイタリアの書籍には収録されておらず、1950年に出版されたイタリア料理のレシピの集大成的な名著『銀のスプーン』でも言及されていない[17]。1952年4月20日付のフランス北部の新聞「ラ・クロワ・デュ・ノール」に掲載された記事のレシピでは、材料にラード、パルメザンチーズ、油、バターが含まれている[18]。イタリアにおけるカルボナーラのレシピの初出は、1954年に出版されたイタリアの料理雑誌『ラ・クチーナ・イタリアーナ』で、それ以降、徐々にイタリア料理としての「カルボナーラ」に変化していった。1950年代は、パンチェッタやプロシュット、パルミジャーノチーズなどを使ったレシピもあった。1950年代後半から1960年代にかけて、ペコリーノチーズとグアンチャーレが入れられるようになったが、当時のレシピはまだ生クリームが使われていた。生クリームが使われなくなるのは1990年代に入ってからである。「イタリアの伝統料理」としてのカルボナーラのレシピは1990年代後半には固まった。歴史家のルカ・チェザーリおよび経済学者のアルベルト・グランディによると、草創期のカルボナーラで使われていた食材が削除されたのは、この料理を「イタリアの素朴な台所の理想的なステレオタイプ」にそぐうようにするためだとのこと[19]。(アルベルト・グランディは、伝統イタリア料理だと思われているものは実は近年に創られたものだと主張してイタリアで議論を呼んでいる学者)
名称については、上述のカヴァルカンティと関連付ける意見もあるが[5]、イタリア語の炭(wikt:carbone)から来ているとするのが殆んど。 薪から木炭を作る炭焼き職人(carbonai、ローマ方言で carbonari)が考案したとする説、「炭焼人 (Carbonara) が、もしも仕事の合間にパスタを作ったら、手に付いた炭の粉が落ちてこんな風になるのではないか」という想像から黒コショウを絡ませ創られたパスタ[1]という説や、カルボナリ(炭焼党 - イタリアの革命的秘密結社)との関わりを指摘する説もある[20]。なお単にコショウの色から連想されたという説も。
日本風のカルボナーラ
日本ではナポリタンやスパゲティミートボールなどとともに、1960年代の時点でイタリア料理の定番とされていた。1966年当時で「本場の味」と称された、東京・麻布のレストラン・アントニオによるレシピは次の通り[21](ちなみに、シェフのアントニオ・カンチェーミはシチリア出身で、大日本帝国と当時同盟を結んでいたイタリア海軍の司厨長として1944年に来日し、戦後は進駐軍のダグラス・マッカーサー元帥に引き立てられ駐留軍のキャンプ座間で勤め、1959年に麻布に自分の店を開いた。2026年時点では3代目が継いでおり、現在も日本を代表する老舗とみなされている)。
- ベーコンを薄切りにして細かく刻んだものをサラダ油でさっと炒める。茹でたスパゲティを入れて軽く炒め、塩、胡椒、赤唐辛子の粉を入れてさらによく炒める。卵黄を大きめのボールに溶き、この中に茹でたスパゲティを入れてかき混ぜ、再びフライパンに戻して軽く2-3回全体を混ぜて出来上がり。この時、卵黄を直接フライパンの中に入れると、全体に混ざらないうちに固まってしまうので、必ずボールで混ぜること。ベーコンはハムやソーセージで代用してもよい。
1970年代前半まではイタリアンレストラン等でないと食べられない料理だったが[22]、やがて喫茶店やスナックでも定番の料理となった。日本風に、スパゲティの代わりにうどんを使った「うどんカルボナーラ」も登場した[23]。
日本では、イタリア人シェフによって「本場」の味が紹介された1960年代の時点で、グアンチャーレやパンチェッタではなくベーコンが使われていた。例えば1970年代の有名DJでイタリアに行った経験のあるみのもんたのカルボナーラは生クリームを使っていないなど[24](カルボナーラはみのもんたのイタリアの思い出の料理で、テレビの料理番組にゲストで来た際もしばしば注文された[25])、日本の「本格的」なカルボナーラは生クリームを使っていないものが多いが、一般的には日本のカルボナーラのレシピは生クリームを使うものが多い。「スパゲッティに卵を混ぜこんだ」という点だけが重要で、具材はいろいろあった。チーズについても、レシピでは単に「粉チーズ」との指定で、市販のパルメザンチーズ(北イタリアのパルミジャーノ・レッジャーノを模して作ったチーズで、市販のクラフト社製品の産地は米国)を使う例が多い。
近年グアンチャーレやペコリーノ・ロマーノが日本各地の輸入食品店で容易に入手できるようになり、ローマ地方本来の様式での作り方も普及しつつある。
日本風のカルボナーラソースは、レトルト食品としても市販されている。日本でも人気は高く、マイボイスコムの「よく利用するパスタソース」の調査ではトマトソース、ミートソースに次いで3位にインした[26]。
逸話
- なぜか「カルボナーラ発祥の店」と言われるローマの「Osteria La Carbonara」(1906年創業)だが、それは間違ったうわさであり、店などはそのような紹介は一切しておらず[27]、明確に否定している[28]。また、同じくローマには「Ristorante La Carbonara」(1912年創業)という似たような店もあるが、こちらも「カルボナーラ発祥の店」と言われることもあるが否定している[28]。
- 2025年、イタリアのフランチェスコ・ロロブリジーダ(Francesco Lollobrigida)農相は、ベルギー・ブリュッセルにある欧州議会の売店で「カルボナーラ」と銘打って販売されていたベルギー製のカルボナーラ風ソースに対し、「文化搾取」と位置付け、即刻捜査に乗り出すよう要求した。 件のソースがグアンチャーレ(豚の頬肉の塩漬け)の代替としてスモークパンチェッタを使ったことに、ロロブリジーダ農相は「カルボナーラのパンチェッタは論外として、こうした製品は全て、最悪のイタリア風製品の代表格だ」「それが欧州議会のスーパーマーケットに陳列されるなど容認できない。即刻捜査を要請した」とコメントした。世界中に出回っている「イタリア風」料理のために、本物のイタリア料理の正当性が薄められかねないと危惧するロロブリジーダ農相の怒りを受けて、欧州議会は問題の製品を売り場から撤去した[29]。