コンスタンス2世 (西ローマ皇帝)
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コンスタンス2世はコンスタンティヌス3世の長男で、407年または408年に彼の副帝として任命された。408年にヒスパニアでホノリウスの親族がコンスタンティヌス3世に対して反乱を起こしたためヒスパニアへと派遣され、この反乱を鎮圧した。
409年に父コンスタンティヌスがホノリウスと講和してホノリウスの共同皇帝となると、ホノリウスとの講和に反対したヒスパニアの軍団がマクシムス(英語版)を皇帝と宣言してコンスタンティヌスから独立した。コンスタンス2世は父コンスタンティヌスによって共同皇帝に任命され、ヒスパニアの鎮圧へと向かったが、将軍ゲロンティウス(英語版)の裏切りにあって敗北し、411年の初めにヴィエンヌで捕獲されて処刑された。
コンスタンス2世は父コンスタンティヌスがホノリウスの共同皇帝となりローマの正規執政官をも務めていた年にアウグストゥスとして宣言されているが、それにもかかわらず、彼を正当な皇帝のリストに含めるかについては意見が分かれている。
伝承
アーサー王伝説では、ユーサー・ペンドラゴンの長兄とされている。
脚注
| テオドシウス朝 | ホノリウス393-423 / コンスタンティヌス3世409-411 / コンスタンス2世409-411 / プリスクス・アッタルス409-410 / コンスタンティウス3世421 / ヨハンネス423-425 / ウァレンティニアヌス3世424-455 |
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| テオドシウス朝断絶後 | ペトロニウス・マクシムス455 / アウィトゥス455-456 / マヨリアヌス457-461 / リウィウス・セウェルス461-465 / アンテミウス467-472 / オリブリオス472 / グリケリウス473-474 / ユリウス・ネポス474-475.8,対立皇帝475-480 / ロムルス・アウグストゥルス475.10-476.9 |
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| アイネイアースの子孫 | |
|---|---|
| ブレンヌスの一族 | |
| マーシャ女王の一族 |
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| 欠史の時代 |
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| カッシウェラウヌスの一族 | |
| セウェルス朝 | |
| 簒奪帝の時代 | |
| コンスタンティヌス大帝の一族 | |
| ローマ支配の終焉 |
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| アーサーの一族 |
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| アーサー後の諸王 |
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| テューダー朝の祖 | |
| 主要人物 | ||
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| その他の円卓の騎士 | ||
| その他の人物 | ||
| 動物・怪物 | ||
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| 関連項目 | ||
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