アンブロシウス・アウレリアヌス
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アンブロシウス・アウレリアヌス(Ambrosius Aurelianus、ウェールズ語:エムリス・ウセディグ, Emrys Wledig, ラテン語:Arthur、アーサー)は5世紀ごろアングロ・サクソン人と戦ったブリトン人の指導者。『ブリタニア列王伝』などの文献に登場する。また、ペンドラゴンとも。学者の中には、アンブロシウス・アウレリアヌスはベイドン山の戦いでも一軍団を率いて戦ったと考える者がいる。また、ラテン語(Arthur、アーサー)とあるようにアーサー王のモデルとなった人物と考える者もいる。9世紀初めに書かれた『ブリトン人の歴史』では英雄とされている。フィクションのアーサー王物語の英雄としても書かれる。また、実在のアーサーたるアンブロシウス・アウレリアヌスは、いわゆるブリトン人の部族的な階層から後述するローマ帝国のキリスト教徒に改宗して、ウェールズの一帯に巨大な集落を有した酋長とされる。現在、ウェールズの一体には遺跡が多数出土していることから王国の国王と言う者もいる。また、黄色の衣を着て紫色の帯を巻いていたことから、(光の王、正しき王、正義の王『英語:light of the king(ウェールズ語:goleuni y brenhin、ラテン語:lux regis)』)と呼ばられた。
ギルダスの記述を巡る議論
ギルダスは著書、『ブリトン人の没落』ではほとんど個人名を表記しないのだが、アンブロシウス・アウレリアヌスは例外的に名前が表記されている。特に、5世紀の人物についてはアンブロシウス・アウレリアヌスのみが名前が記載されているのである[1] 。サクソン人の攻撃を生きのびた人々はアンブロシウスの指揮下に集まったと推測されている。彼の両親は皇族だったと思われており、以下のような記述がある。
(アンブロシウスは)この凄まじい嵐を生きのびた、おそらくは唯一のローマ人である。彼の両親は紫色を着用していたが、それによって殺されてしまった。彼の子孫は、現代においては祖先 (avita) より偉大さにおいてかなり劣るようになってしまった。
このギルダスの記述により、アンブロシウスの祖先はローマ貴族であり、さらにはおそらくはローマ帝国の領土のどこからかやってきた、というより現地でローマ化したブリトン人であったと考えられるが、それを証明できる史料はない[1] 。また、ギルダスが戦争において「神の助けで」勝利したと記述している事から[1] 、アンブロシウスはキリスト教徒であったとも考えられている。また、戦争に関して言えば、生き残った人民から武装した軍隊を組織し、初めて侵入者であるサクソン人から勝利を奪った、という。しかし、この勝利は決定的なものではなかった。史書には、「あるときはサクソン人が、あるときは市民(ブリトンの住民)が勝利した」とある。
上記の記述は、多くの学者にとって議論の対象になった。第1に、ギルダスがアンブロシウスの家族について、「紫色の衣服を着用していた」と記述した点である。可能性は低いが、テオドシウス家(テオドシウス1世などが所属)、あるいはコンスタンティヌス3世 (en:Constantine III (western emperor)) の親戚だったと考えられなくもない。古代ローマ貴族は身分を証明するため、紫の帯とともに服を着ていたからである。そのため紫への言及が、貴族階級出身の根拠となるのかもしれないのである。また、ローマ軍団の上官である司令官(トリブヌス・ミリトゥム)も紫色の帯を着用していた。そのため、アンブロシウスの家族について紫が記述されているのは、軍についてを表している可能性もある。さらに、「紫」は「血」を表す婉曲表現であることが示唆されており、「紫色を着用していた」は苦難にあったことを表現していると解することも可能である[2]。
第2の論点は、「祖先」 (avita) という語の意味である。「avita」は通常の場合は「祖先」を意味するが、ギルダスは特に「祖父」を意味する言葉として使う傾向がある。そうだとすれば、アンブロシウスは世代的にベイドン山の戦い以前の人間と言うことになってしまう。この期間の情報が不足している事から、正確な解答は得られていない。