ランディ・ジョーンズ

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1950-01-12) 1950年1月12日
没年月日 (2025-11-18) 2025年11月18日(75歳没)
ランディ・ジョーンズ
Randy Jones
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州フラトン
生年月日 (1950-01-12) 1950年1月12日
没年月日 (2025-11-18) 2025年11月18日(75歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
178 lb =約80.7 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 1972年 MLBドラフト5巡目でサンディエゴ・パドレスから指名
初出場 1973年6月16日
最終出場 1982年9月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ランドール・レオ・ジョーンズ(Randall Leo Jones, 1950年1月12日 - 2025年11月18日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州フラトン出身の元野球選手投手)。左投右打。

サンディエゴ・パドレス時代 (1972年 - 1980年)

1972年MLBドラフトサンディエゴ・パドレスから5巡目で指名され入団。1973年6月16日にメジャーデビュー。1974年はリーグワーストの22敗を喫したが、1975年は防御率2.24で最優秀防御率を獲得し、球団史上初の20勝を達成[1]オールスターに初めて選出され、シーズン終了後にはカムバック賞を受賞。サイ・ヤング賞の投票ではトム・シーバーに次ぐ2位に入った。

1976年は自身初の開幕投手を務め、オールスター開催までにリーグ新記録となる16勝を挙げた[2]。オールスターではナリーグの先発投手を務め、3イニングを無失点に抑え勝ち投手となった。5月17日から6月22日にかけてクリスティ・マシューソンのリーグ記録に並ぶ68イニング連続無四球を記録[3]。ジョーンズはこの年サイ・ヤング賞を受賞し、22勝・40先発・25完投・315.1イニング・274被安打はいずれもリーグ1位かつ球団新記録となった[4][1]

メッツ時代(1981年 - 1982年)

1980年12月15日にジョン・パセラホセ・モレノとのトレードでニューヨーク・メッツへ移籍。メッツでは1981年が1勝8敗、1982年が7勝10敗と負け越し、戦力外通告される。翌1983年ピッツバーグ・パイレーツのスプリングトレーニングに参加したが[5]、シーズン開幕前の3月27日に戦力外通告され、引退した。

引退後

ジョーンズのパドレス在籍時の背番号「35」。
サンディエゴ・パドレスの永久欠番1997年指定。
2009年9月1日

引退後は実業家として「ランディ・ジョーンズ・バーベキュー」を経営し、古巣パドレスの現本拠地ペトコ・パークにも出店している。実業家の傍ら若手投手の指導も行っており、後にサイ・ヤング賞を受賞するバリー・ジトを新人時代に指導している。

1997年、ジョーンズのパドレス在籍時の背番号35』が永久欠番に指定され[6]1999年にはパドレス野球殿堂を果たした[7]

2025年11月18日死去。75歳没[8]

詳細情報

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI