スルーオダイナ

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欧字表記 Slew O'Dyna[1]
性別 [1]
スルーオダイナ
欧字表記 Slew O'Dyna[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1984年5月6日[1]
死没 不明(2000年2月19日用途変更)
ノーザンテースト[1]
スルー[1]
母の父 Bold Ruler[1]
生国 日本の旗 日本北海道千歳市[1]
生産者 社台ファーム[1]
馬主 (有)社台レースホース[1]
調教師 矢野進美浦[1]
競走成績
生涯成績 27戦8勝[1]
獲得賞金 2億5658万円[1]
勝ち鞍
GIIIステイヤーズS1988年・1989年
GIIIダイヤモンドS1989年・1990年
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スルーオダイナ(欧字名:Slew O'Dyna1984年5月6日 - 不明)は、日本競走馬種牡馬[1]。主な勝ち鞍に1988年1989年ステイヤーズステークス、1989年、1990年ダイヤモンドステークス

競走馬時代

  • 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[2]

1986年8月31日、函館競馬場の新馬戦でデビューし、5着。2戦目で勝ちあがり、秋に西下して京都競馬場の萩ステークスとデイリー杯3歳ステークスに出走し、4着と5着に終わる。東京競馬場の400万下特別戦である白菊賞5着のあと、長期にわたって戦列を離れる。ほぼ1年後の1987年11月に戦列に復帰し、3戦で400万下クラスを突破、900万下クラスも3戦で突破して1400万下クラスに昇級し、1戦して900万下クラスに降級し2戦目で1400万下クラスに再昇級する。オープン特別の東京スポーツ杯2着を経て出走のアルゼンチン共和国杯レジェンドテイオーの2着に入り、続くステイヤーズステークスでは1番人気に応え、3分46秒3のレコードタイムで重賞初制覇成し遂げる。1989年初戦のダイヤモンドステークスも1番人気で制して西に下り、阪神大賞典ではナムラモノノフの2位に入線するも失格[3]天皇賞(春)でも1番人気に支持されるが、イナリワンの3着に終わる。宝塚記念15着、富士ステークス4着ののちステイヤーズステークスを連覇。年明けて1990年初戦のダイヤモンドステークスでは、61キログラムの負担斤量ながら単枠指定を受けて1番人気に推され、連覇を達成した[4]。その後は休養に入り、秋に天皇賞(秋)ヤエノムテキの10着となったのが、最後のレースとなった。

引退後

引退後は種牡馬となり、9年間の供用で血統登録頭数120頭、出走頭数はそのうちの95頭を記録した[5]2000年2月19日付で用途変更となり[6]、その後の動向はわかっていない。

競走成績

血統表

脚注

参考文献

外部リンク

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