世界的名馬で一時代を築いたノーザンダンサーの産駒で1970年代に日本に輸入されたノーザンテーストの父系である。1971年生まれのノーザンダンサーは1972年、当時の吉田照哉によりセリ市で購入された後フランスに渡り競走馬時代はフランスで活躍した。引退後の1975年、日本に輸入され、1977年生まれののアンバーシャダイを筆頭として1980年代から90年代前半まで活躍馬を輩出したが、2000年以降その直系の産駒は殆ど種牡馬として活躍していない。
1980年代は、折からの内国産種牡馬不遇の時代であり、またノーザンテースト自身が高齢まで健在であった事も影響し、活躍した産駒の種牡馬としての需要は必ずしも高くなかった。全国リーディングサイアーに10回輝いた記録的な産駒成績とは裏腹に、G1を勝った牡馬は3頭にとどまり、その勝利も全盛期の最中であった1986年が最後であった。これがノーザンテーストが高齢になってからの有力な後継馬不足につながり、ノーザンテースト自身が活躍馬を多く輩出したのとは対照的に衰退していった。産駒ギャロップダイナの仔オースミダイナーは平成初頭迄走ったが種牡馬入りせず、1990年代後半に入ると直系はアンバーシャダイからメジロライアン、そしてメジロブライトへと続くサイアーラインが残るのみとなった。
直系の最後の後継とされたメジロブライトは受胎率が悪く、4世代の産駒を残したのみで2004年に急死している。数少ないメジロブライト産駒からはステイヤーズステークスを勝ったマキハタサイボーグが出ているが、同馬はセン馬のため種牡馬になれず、メジロブライトの父メジロライアンも2007年の種付けを最後に種牡馬を引退。ノーザンテースト直仔で最後に種牡馬入りしたクリスザブレイヴは2005年に乗馬市場が主である中国に輸出されている。その結果、2010年にマチカネタンホイザが種牡馬を引退した時点で、ノーザンテースト系種牡馬はすべて生産界から去ってしまった。2013年11月2日に父メジロライアン、母メジロダーリングの仔、メジロカトリーヌがJRAの登録を抹消し、これでJRAからノーザンテースト系の競走馬は姿を消し、地方でも同年、ダイナマイトメール(父ダイナレター)産駒のスーピークンが引退、現状では残された数少ない直系の産駒から活躍馬が出る可能性は乏しく、父系そのものが断絶に瀕している。
現在、中華人民共和国の新疆ウイグル自治区にて繋養されているメジロアルダンの仔Wu Di(ウーディー)が最後のノーザンテースト系種牡馬である。
一方、元来ノーザンテースト系の産駒には牝馬の活躍馬が多く、日本ではこの血を持つ繁殖牝馬が一定数おり、特にノーザンテースト自身は、1990年代後半以降に顕著な活躍を示したトニービンやサンデーサイレンスの産駒を中心にブルードメアサイアーとして実績を残し、17年連続で全国リーディングブルードメアサイアーとなった。