ダグ・ブロケイル

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生年月日 (1967-05-16) 1967年5月16日(58歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
220 lb =約99.8 kg
ダグ・ブロケイル
Doug Brocail
ボルチモア・オリオールズでのコーチ時代
(2019年6月28日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ペンシルベニア州クリアフィールド郡クリアフィールド英語版
生年月日 (1967-05-16) 1967年5月16日(58歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 1986年 1月MLBドラフト1巡目
初出場 1992年9月8日
最終出場 2009年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

ダグラス・キース・ブロケイルDouglas Keith "Doug" Brocail, 1967年5月16日 - )は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州クリアフィールド郡クリアフィールド英語版出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者。右投左打。

プロ入りとパドレス時代

1986年1月のMLBドラフト1巡目(全体12位)でサンディエゴ・パドレスから指名され、プロ入り。

1992年9月8日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦でメジャーデビュー。

アストロズ時代

1994年12月28日にケン・カミニティスティーブ・フィンリーロベルト・ペタジーニらとのトレードで、デレク・ベルら5選手と共にヒューストン・アストロズへ移籍した。

タイガース時代

1996年12月10日にブラッド・オースマスダリル・ウォード英語版ホセ・リマトレバー・ミラークリストファー・ニコースキー、さらに金銭とのトレードで、トッド・ジョーンズオーランド・ミラーブライアン・ハンターと共にデトロイト・タイガースへ移籍した。

タイガース時代は在籍4年間で計240試合に登板し、クローザートッド・ジョーンズに繋ぐセットアッパーとして活躍した。

アストロズ復帰

2000年11月11日にロジャー・セデーニョクリス・ホルトミッチ・メルスキー英語版とのトレードで、他2選手と共に古巣・アストロズへ移籍(他2選手は、ネルソン・クルーズ、前述のオースマス)。

復帰初年度の2001年トミー・ジョン手術を受けたため、シーズンのほぼ全てを棒に振った。翌2002年もトミー・ジョン手術を受け、2003年を含めて3年間メジャーでの登板機会は無かった。

レンジャーズ時代

テキサス・レンジャーズでの現役時代
(2005年4月11日)

2004年2月19日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。この年は4年ぶりにメジャーに復帰し、43試合に登板して4勝1敗1セーブ、防御率4.13、43奪三振を記録した。また、9月13日にネットワーク・アソシエイツ・コロシアムで行われたオークランド・アスレチックス戦で同僚のフランク・フランシスコが観客と口論となり、椅子を観客席に投げ込み、別の女性ファンの顔面に直撃し重傷を負わせて傷害罪で逮捕された事件の際、ブロケイルもファンと掴み合いをしたため、7試合の出場停止処分を受けた。オフにFAとなったが、11月13日に再契約した。

2005年は61試合に登板して5勝3敗1セーブ、防御率5.52、61奪三振を記録した。

パドレス復帰

サンディエゴ・パドレスでの現役時代
(2007年5月10日)

2005年12月16日にパドレスと契約した。

2006年スプリングトレーニング中に心臓疾患で緊急手術を受けた影響もあり[1]、25試合の登板に留まった。オフの12月20日に1年契約を結んだ。

2007年は67試合に登板して5勝1敗、防御率3.05、43奪三振を記録した。オフにFAとなった。

2度目のアストロズ復帰

2007年11月27日にアストロズと1年契約を結んだ。

アストロズには2009年まで在籍し、同年に引退した。

引退後

ヒューストン・アストロズでのコーチ時代
(2011年6月17日)

2011年6月14日にアストロズの投手コーチに就任し[2]2013年まで務めた。

2014年から2年間はアストロズ傘下のAA級コーパスクリスティ・フックスで投手コーチを務めた。

テキサス・レンジャーズでのコーチ時代
(2018年7月15日)

2015年11月5日に2016年シーズンよりレンジャーズの投手コーチに就任することが発表された[3]。同職は2018年まで務めた。

2019年からはボルチモア・オリオールズの投手コーチに就任し[4]2020年まで務めた。

人物

右腕をはじめ、数多くの手術を経験している。打たれた投手がいても必ず「ネクスト!」と声を掛けるなどチームを鼓舞する熱い気持ちを常に持っている[5]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1992 SD 33000000------6414.0172500150010106.431.57
1993 24240004130--.235571128.1143164244704175654.561.44
1994 120000000------7817.0211532111113115.821.53
1995 HOU 367000641--.60033977.187102224391140364.191.41
1996 234000150--.16723153.05872312340031274.581.53
1997 DET 614000342--.42933278.074103643606031283.231.41
1998 600000520--.71424762.24721831556023192.731.04
1999 70000044223.50032382.06072514784123232.521.04
2000 49000054019.55622150.25751421411125234.091.40
2004 TEX 4300004114.80023252.15422015432129244.131.41
2005 6100005315.62534473.19023434614048455.521.69
2006 SD 2500002200.50011928.1271820191016154.761.24
2007 67000051010.83331976.26682432432033263.051.17
2008 HOU 72000075221.58328668.26382153641130303.931.22
2009 20000010031.0008417.22141300900994.581.92
MLB:15年 6264200052489*85.5203790880.08858531034356423374363914.001.36
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は不明年度がある事を示す

年度別守備成績



投手(P)












1992 SD 31110.667
1993 2482021.933
1994 121210.750
1995 HOU 36119001.000
1996 2365001.000
1997 DET 61612001.000
1998 6087011.000
1999 70116011.000
2000 497710.933
2004 TEX 438812.941
2005 6191321.917
2006 SD 2594011.000
2007 671016001.000
2008 HOU 729811.944
2009 2034011.000
MLB 62610712299.962

背番号

  • 49(1992年 - 1994年)
  • 46(1995年 - 1996年、2004年 - 2005年、2016年 - 2018年)
  • 26(1997年 - 2000年、2006年 - 2009年、2011年 - 2013年、2019年 - 2020年)

脚注

関連項目

外部リンク

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