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ジャスティン・バーランダー

アメリカ合衆国の野球選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ジャスティン・ブルックス・バーランダー(Justin Brooks Verlander,[注 1] 1983年2月20日 - )は、アメリカ合衆国バージニア州グーチランド郡マナキン=サボット(英語版)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLBのデトロイト・タイガース所属。

出身地 バージニア州グーチランド郡マナキン=サボット(英語版)
生年月日 (1983-02-20) 1983年2月20日(43歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
225 lb =約102.1 kg
概要 デトロイト・タイガース #35, 基本情報 ...
ジャスティン・バーランダー
Justin Verlander
デトロイト・タイガース #35
ニューヨーク・メッツ時代
(2023年3月26日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 バージニア州グーチランド郡マナキン=サボット(英語版)
生年月日 (1983-02-20) 1983年2月20日(43歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2004年 MLBドラフト1巡目(全体2位)
初出場 2005年7月4日
年俸 $13,000,000(2026年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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概要 獲得メダル, 男子 野球 ...
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経歴

プロ入り前

タカホーリトルリーグ(Tuckahoe Little League)所属時からコントロールは酷いものの、抜き出た肩の強さを見せていた。13歳の時には父リチャードの手に負える球速ではなくなっており[2]、キャッチボールを止められてベースボールアカデミーに入れられた。アカデミー入学直後に行った球速測定では、既に84mph(約135.2km/h)を記録していた。高校入学時には93mph(約149.7km/h)、その後一時期呼吸器障害により球速を落とすが、オールド・ドミニオン大学(英語版)進学時に復活[2]。在学中にフォーシーム・ファストボールとツーシーム・ファストボール以外にカーブとサークルチェンジを習得して投球の幅を広げ、大学通算で335.2イニングで427奪三振を記録。また3年連続で全米選抜に選出された。

2003年7月に開催されたサントドミンゴパンアメリカン競技大会の野球アメリカ合衆国代表に選出された[3]。

プロ入りとタイガース時代

デトロイト・タイガース時代
(2016年5月13日)

2004年のMLBドラフト1巡目(全体2位)でデトロイト・タイガースから指名を受ける。指名から契約まで4カ月を要し、10月25日に球団史上最高額となる契約金315万ドルで入団した[2][4]。

2005年はA級レイクランド、AA級エリーで好成績を記録し、メジャーに昇格。7月4日のクリーブランド・インディアンス戦でメジャーデビューを果たしたが、5.1イニングを投げ4失点で敗戦投手。2試合目は7月23日のミネソタ・ツインズ戦で6イニングを5失点でまたも敗戦投手。これがこの年のメジャー最後の登板となり、AA級エリーに降格した[5]。マイナーリーグでの防御率1.29は全体で6位の成績だった[6]。

2006年は開幕から先発ローテーションに定着。5月には4勝1敗、防御率1.73を記録しルーキー・オブ・ザ・マンスに選出され、5月22日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でメジャー初完封を達成[7]。オールスターゲームのアリーグの32人目の選手を選出する「ファイナルボート」にノミネートされたが、選出はならなかった[8]。シーズン通算で30試合に先発登板し、投球回200イニング未満で21被本塁打とやや被弾が多かったものの、防御率3.63はリーグ第4位、球団新人投手としては1976年のマーク・フィドリッチの19勝以来の高水準となる17勝を記録し[5]、124奪三振は球団新人右腕投手の新記録となった[5]。投票で28票中26の1位票を集め、ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選出された[9]。

投手コーチのチャック・ヘルナンデスは「非常にインパクトを受けたのは、彼のメンタル的な安定さ」で「大概の若いピッチャーは失敗を恐れてやりすぎるものだが、彼はピンチに陥っても感情のコントロールができている」と証言する通り精神的に非常に安定しており、登板時に投球や審判の判定によって取り乱す事はほとんどない。しかし、ケニー・ロジャースが「シーズンを通して気持ちを抑える難しさを学んでいるところだ」と証言している通り[10]、6月17日から8月1日にかけて7連勝したが、8月11日以降は3勝5敗、防御率5.86と調子を落とした。

ノーヒットノーラン達成時の様子

2007年は6月12日のミルウォーキー・ブルワーズ戦(コメリカ・パーク)で、タイガースの投手としては1984年4月7日のジャック・モリス以来、デトロイトでは1952年8月25日のヴァージル・トラックス以来となるノーヒットノーランを達成した[11]。オールスターゲームに初めて選出された。18勝6敗、183奪三振と前年を上回る数字を記録し、勝率.750はリーグ1位となった。

2008年は2007年シーズン終了後にミゲル・カブレラを獲得するなどの大型補強で強力打線が完成したが、先発投手で確実に計算できるのは自身1人という状態で開幕を迎えた[12]。初の開幕投手を務めたが、不調で負けが先行。6月11日からは6連勝を記録して8勝9敗まで持ち直したが、その後2度の4連敗を喫し、リーグワーストの17敗でシーズンを終えた。優勝候補と目されていた[13]チームは地区最下位に終わった。9月1日のニューヨーク・ヤンキース戦では自己最短の1.2イニングを投げて8失点で降板。試合後の会見で「今年はいろいろ不運なことが多くて、自分のシーズンを持っていかれた感じ」と話し、この日のストライクゾーンが厳しかったと発言したため、ジム・リーランド監督からは責任転嫁の姿勢を批判された[13]。

2009年は4月は1勝2敗、防御率6.75、34奪三振だったが、5月は5勝0敗、防御率1.52、56奪三振を記録しピッチャー・オブ・ザ・マンスに選出され、その間に球団史上1971年のミッキー・ロリッチ以来となる3試合連続2桁奪三振を達成した[14]。最終的に19勝、269奪三振を記録し、最多勝利・最多奪三振の二冠(勝利数はCC・サバシア、フェリックス・ヘルナンデスとタイ)を獲得した。サイ・ヤング賞の投票ではザック・グレインキー、ヘルナンデスに次ぐ3位。

2010年2月4日に5年総額8000万ドルで契約を延長[15]。

2011年は自身2度目のノーヒットノーランを達成。終盤に12連勝を記録するなど24勝5敗、防御率2.40、250奪三振を記録し、最多勝・最優秀防御率・最多奪三振の投手三冠を達成する活躍でチームの24年ぶりとなる地区優勝に貢献した。初のサイ・ヤング賞を満票で受賞し、更に投手としては1992年のデニス・エカーズリー、先発投手としては1986年のロジャー・クレメンス以来となるMVPも受賞した。

2012年はオールスターゲームの先発投手に選ばれたが、集中打を浴びて1イニングで5点を失った。地区シリーズ、リーグ優勝決定シリーズでは3試合先発全てで勝利投手となったが、サンフランシスコ・ジャイアンツとのワールドシリーズ第1戦では4イニングを5失点で敗戦投手となった。サイ・ヤング賞の投票ではデビッド・プライスに4ポイント及ばず、2年連続の受賞を逃した[16]。

2013年3月29日に2015年から2019年までの契約延長が決定。契約内容は年俸2800万ドルで5年総額1億4000万ドル。さらに2019年シーズンにサイ・ヤング賞の得票5位以内に入っていれば、2020年シーズンを年俸2200万ドルの内容で契約延長することができる。2013年から2020年までの総額2億200万ドルは投手に支払われる額としてMLB史上最高額となる[17]。

2014年1月9日に体幹の筋肉の修復手術を行った。復帰には6週間かかる見込みで、デーブ・ドンブロウスキーGMは「スプリングトレーニングには間に合うだろう」と発表した[18]。スプリングトレーニング中の2月18日に復帰し、ブルペンで54球を投げた[19]。レギュラーシーズンでは、2008年以来の不調に陥る。9年連続での2桁勝利となる15勝を記録したが、2年連続で12敗して自責点がリーグワーストだった。この年に通算150勝を達成した。

2015年は故障の影響もあり、20試合の先発登板に留まって5勝8敗に終わった。この年は、ルーキーイヤー以来10年ぶりに規定投球回未達だった。

2016年は2年ぶりに開幕投手を務めた(6イニングを3失点で勝敗つかず)。4月は防御率5.46だったが、徐々に持ち直し、5月18日に通算2000奪三振を達成[20]、7月以降は18試合123イニングで9勝3敗、防御率1.98を記録した。シーズン通算では16勝(リーグ6位タイ・9敗)、227.2イニング(リーグ2位)、防御率3.04(リーグ2位)、254奪三振を記録し、4年ぶり4度目となる最多奪三振を獲得。WHIPでもリーグトップを記録した。サイ・ヤング賞の投票では1位投票は30人中14人を獲得したが、元同僚のリック・ポーセロに5ポイント及ばず2位に終わった。この結果にバーランダーの婚約者であるケイト・アプトンがTwitterで選考委員や受賞したポーセロを罵倒し、波紋を呼んだ[21]。

2017年8月30日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャー初打点を記録した[22]。この年は8月までに28試合に先発登板したが、10勝8敗、防御率3.82と前年よりも成績を落とした。

アストロズ時代

ヒューストン・アストロズ時代
(2019年3月2日)

2017年8月31日にフランクリン・ペレス、ダズ・キャメロン、ジェイク・ロジャースとのトレードで、後日発表選手または金銭と共にヒューストン・アストロズへ移籍した[23]。移籍後は5試合に先発登板し、5勝、防御率1.06を記録し、地区優勝に貢献した。2球団合計では33試合の先発登板で、15勝8敗、防御率3.36、219奪三振を記録し、前年に続き200イニングに到達した。ポストシーズンでも5試合の先発登板・1試合のリリーフ登板で4勝1敗、防御率2.21を記録し、球団初のワールドシリーズ優勝に貢献した。特にリーグチャンピオンシップシリーズでは2勝、防御率0.56を記録し、MVPを受賞した。オフの11月にケイト・アプトンと結婚式を挙げた[24]影響でヒューストンで行われた優勝パレードは欠席した[25]。

2018年5月16日のロサンゼルス・エンゼルス戦で大谷翔平から通算2500奪三振[26]、8月19日のオークランド・アスレチックス戦で通算200勝をそれぞれ達成[27]。34試合の先発登板で16勝9敗、防御率2.52(リーグ3位)、奪三振290(同1位、自己最多)、214.0イニング(同2位)を記録し、5度目となる最多奪三振受賞となった。

2019年3月23日に2020年から2年総額6600万ドルで契約延長に合意した[28]。 9月1日のトロント・ブルージェイズ戦(ロジャーズ・センター)にて自身3度目のノーヒットノーランを達成した。14奪三振、1四球の準完全試合。120球の力投だった。3度の達成は史上6人目。複数球団での達成は史上8人目。敵地で同じチーム相手に2度達成は史上初[29]。9月28日に歴代18人目となる通算3000奪三振を達成した。4イニング目で達成し、球場のスコアボードでも記録が紹介され、投げ終えて戻ったベンチでチームメートの祝福を受けた[30]。34試合に先発登板し、21勝6敗(リーグ1位)、防御率2.58(同2位)、奪三振は昨季を上回り自己最多の300(同2位)、223.0イニング(同1位)を記録し、3回目の最多勝を受賞した[31]。ポストシーズンではタンパベイ・レイズとのディビジョンシリーズ第1戦に先発登板し、7イニングを1安打、無失点の好投。二塁を踏ませない投球で、7回は3者連続空振り三振。7イニングを100球(ストライク67球)、8奪三振、3四球で1安打、無失点。7イニング以上投げて1安打以下に抑えたのは史上13度目の快挙だった。地区シリーズ史上では最多の8勝目でポストシーズン歴代3位となる通算14勝目(7敗)を挙げた[32]。アストロズはワールドシリーズに進出し、第2戦に先発登板。2回にビクター・ロブレスから三振を奪い、ポストシーズン史上初の通算200奪三振を達成した[33]。しかし、6イニングを7安打、4失点で敗戦投手。第6戦も2本塁打を浴びて5イニングを3失点で敗戦投手となり、ワールドシリーズ通算7試合登板で0勝6敗、防御率5.68、被本塁打9。ワールドシリーズ史上0勝5敗となった初めての投手となった[34]。 オフには8年ぶりにして2度目のサイ・ヤング賞を受賞[35]。また、同年から新設されたオールMLBチームのファーストチーム先発投手に選出された。

2020年9月19日にトミー・ジョン手術を受けることを発表し、同年の残りの試合と翌年を全休する見通しであることを明かした[36]。

2021年は前年受けた手術の影響でシーズンを全休した。オフの11月3日にFAとなった。アストロズからは1840万ドルのクオリファイング・オファーを提示されたが[37]、契約には至らなかった[38]。12月13日にアストロズと2年総額5000万ドルで再契約した[39]。オプションとして2022年オフに契約を破棄できるオプトアウトの権利が付く。

2022年に2年ぶりにMLBに復帰。エースとしてチームを牽引し、オールスターゲームにも選出された。さらに、チームはワールドシリーズに進出し、ワイルドカードから勝ち上がってきたフィラデルフィア・フィリーズと対決。第5戦に先発登板し、5イニングを1失点の粘投でワールドシリーズ初白星を掴んだ[40]。チームは5年ぶり2度目のワールドシリーズ優勝を果たした。オフの11月9日にオプトアウトの権利を行使し、FAとなった[5]。11月16日に全米野球記者協会(BBWAA)から1位票が30の満票で3年ぶり、史上11人目となる通算3度目のサイ・ヤング賞を受賞した[41]。また、11月17日に同じくBBWAAの投票によるMVPでは5位票2、6位票1、7位票1、8位票5、9位票3、10位票2の計44ポイントで10位にランクインした[42]。11月22日、アストロズ史上初となるカムバック賞を受賞した[43]。12月5日には3年ぶり2度目となるファーストチームの先発投手の1人としてオールMLBチームに選出された[44]。

メッツ時代

2022年12月7日にニューヨーク・メッツと2年契約[注 2]を結んだ[47]。12月20日に入団会見を行った[48]。タイガース時代にチームメイトだったマックス・シャーザーと2014年以来再びチームメイトになり、ワールドシリーズ優勝を目指すことも公表した[49]。

アストロズ復帰

2023年8月1日にドリュー・ギルバート、ライアン・クリフォードとのトレードで、古巣のアストロズへ移籍した[50]。8月5日のヤンキース戦でアストロズ復帰後初先発登板を果たした[51]。この年はメッツとアストロズで合計27試合に先発登板して162.1イニングを投げ、13勝8敗、防御率3.22、144奪三振を記録した[52]。

2024年は右肩や首の不調に悩まされ、17試合に先発登板して90.1イニングを投げ、5勝6敗、防御率5.48、74奪三振に留まり、メジャー定着後では自己ワーストの1年となった[53]。オフの10月31日にFAとなった[54]。

ジャイアンツ時代

2025年1月8日にジャイアンツと1年総額1500万ドルで契約した[55]。29試合に先発登板して152.0イニングを投げ4勝11敗、防御率3.85、137奪三振を記録した。オフの11月2日にFAとなった[5]。

タイガース復帰

2026年2月10日に古巣のタイガースと1年総額1300万ドルで契約した[56]。

選手としての特徴

スリークォーターから、常時95mph(約153km/h)前後、最速103.1mph[57](約165.9km/h)のフォーシームと、80mph(約129km/h)前後のカーブ、80mph後半のスライダー、80mph中盤のチェンジアップを駆使する[58]。

バーランダーの投球に関してイチローは「(速球だけでなく)それぞれ(の変化球)が一級品。どれでも三振をとれる。やっぱりいいピッチャー」と絶賛している[59]。

人物

  • 妻はモデルのケイト・アプトン[25]。
  • 弟のベンはMLB.comのリポーター兼アナリスト。「Flippin' Bats Podcast」という番組の司会をしており、大谷翔平の大ファンで「週刊大谷ニュース」というコーナーを作った。ベン自身、兄と同じオールド・ドミニオン大学に進学し野球部に所属。2年生までは投手と野手の二刀流でプレーしていたが3年生の時にコーチの宣告で野手に絞りオールアメリカンのサードチームに選出される。2013年6月、兄が所属するタイガースにドラフト14位指名されるがメジャー昇格する事無く2017年に引退(Lakeland Flying Tigers所属)[60][61][62][63][64]。

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
年

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2005 DET 220000200.0005411.1151501710997.151.76
2006 303011017900.654776186.01872160161245178753.631.33
2007 323211018600.750866201.2181206731918317288823.661.23
2008 3333101111700.393880201.01951887814163631191084.841.40
2009 353531019900.679982240.02192063562698499923.451.18
2010 333340018900.667925224.119014710621911289843.371.16
2011 343442124500.828969251.01742457032507273672.400.92
2012 333361017800.680956238.11921960252392181702.641.06
2013 3434000131200.520925218.12121975142173194843.461.32
2014 3232000151200.556893206.0223186515159511141044.541.40
2015 20201105800.385535133.11331332131132056503.381.09
2016 343420016900.640903227.21713057182546081773.041.00
2017 282800010800.556729172.01532367431765076733.821.28
HOU 5500050001.00012034.01745014300441.060.65
'17計 333300015800.652849206.01702772442195080773.361.18
2018 343411016900.640833214.01562837082905263602.520.90
2019 343421121600.778847223.01373642063004066642.580.80
2020 1100010001.000216.032100700223.000.67
2022 282800018400.818666175.01161229061853043341.750.83
2023 NYM 16160006500.54538694.17793101813036333.151.14
HOU 11110007300.70028368.06291400632027253.311.12
'23計 272700013800.619669162.11391845051445063583.221.13
2024 17170005600.45539690.198152706742156555.481.38
2025 SF 292900041100.267662152.01551652161372074653.851.36
MLB:19年 555555269326615800.627146073567.2304637110042812135539920142813173.321.14
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  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

ポストシーズン投手成績

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投
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ク
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点
自
責
点
防
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2006 DET ALDS 11000265.171400500335.06
ALCS 11100245.1725001311446.75
WS 220205011.012250012201075.73
2011 ALDS 22100389.0605011210555.00
ALCS 221105311.11325001310775.56
2012 ALDS 222005916.0715002200110.56
ALCS 11100288.131000300111.08
WS 11010194.06220114005511.25
2013 ALDS 221005315.0602002100000.00
ALCS 11010298.0411001010111.13
2014 ALDS 11000225.061100400335.40
2017 HOU ALDS 21200348.271400300333.12
ALCS 222005916.01002012100110.56
WS 220104312.0522011400553.75
2018 ALDS 11100205.120200700223.38
ALCS 221105112.0926001020664.50
2019 ALDS 221104410.2826001300443.38
ALCS 220105213.21032001600663.95
WS 220205011.0123600900775.73
2022 ALDS 11000214.01011003006613.50
ALCS 11100246.0311011100111.50
WS 221004610.01016001100665.40
2023 ALDS 11100246.040301600110.00
ALCS 220105112.1123300800664.38
出場:10回 383717120920226.01793274052448193903.58
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  • 2025年度シーズン終了時
  • 太字はMVP受賞

年度別守備成績

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年
度
球
団
投手(P)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2005 DET 22210.800
2006 30112434.921
2007 32717001.000
2008 3372421.939
2009 35142024.944
2010 33153423.961
2011 34123352.900
2012 33252443.925
2013 34191725.947
2014 32102362.846
2015 208631.824
2016 3472912.973
2017 2881310.955
HOU 520011.000
'17計 33101311.958
2018 3471210.950
2019 341710001.000
2020 121001.000
2022 2841512.950
2023 NYM 16135011.000
HOU 11111001.000
'23計 27246011.000
2024 1745001.000
2025 SF 2991010.950
MLB 5552143253531.939
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  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル

表彰

記録

MiLB
MLB

背番号

  • 59(2005年)
  • 35(2006年 - 2020年、2022年 - )

代表歴

  • 2003年パンアメリカン競技大会野球アメリカ合衆国代表

脚注

関連項目

外部リンク

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