ダリン・ラフ

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生年月日 (1986-07-28) 1986年7月28日(38歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
ダリン・ラフ
Darin Ruf
ニューヨーク・メッツ時代
(2023年3月26日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ネブラスカ州オマハ
生年月日 (1986-07-28) 1986年7月28日(38歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 2009年 MLBドラフト20巡目
初出場 MLB/ 2012年9月14日
KBO/ 2017年3月31日
最終出場 MLB/ 2023年6月2日
KBO/ 2019年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ダリン・コートランド・ラフDarin Cortland Ruf, 1986年7月28日 - )は、 アメリカ合衆国ネブラスカ州オマハ出身の元プロ野球選手一塁手外野手)。右投右打。

プロ入りとフィリーズ時代

フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2012年9月27日)

2009年MLBドラフト20巡目(全体617位)でフィラデルフィア・フィリーズから指名され、プロ入り。

2012年はAA級レディング・フィリーズで8月に20本塁打するなど、マイナー最多の38本塁打を放ち、ライアン・ハワードのマイナー球団記録(2004年の37本塁打)を塗り替えた[1]。9月14日のヒューストン・アストロズ戦でメジャーデビューを果たした。この年は12試合の出場ながら、打率.333、1試合2ホーマー[2]を含む3本塁打、OPS1.079という成績を残し、高い打棒を見せた。

2013年は出場機会を激増させ、73試合に出場した。打撃面では、打率が大幅に低下し、出場試合数を超える三振を喫したものの、8月に9本塁打を放つ[3]など計14本塁打を放った。守備面では一塁手左翼手右翼手の3ポジションを守ったが、DRSは3ポジション全てでマイナスだった。

2014年3月27日に斜筋を痛め、15日間の故障者リスト入りした。この年は52試合の出場に留まった。

2015年は一塁手及び左翼手の控えとして、自己最多の106試合に出場。打率は2年連続で.235だったが、いずれも2シーズンぶりの二桁となる12二塁打と12本塁打を放った。また、メジャー初盗塁も記録した。守備では一塁手がメインで、66試合で3失策守備率.993、DRS-4という成績を残した。左翼手の22試合ではDRS-1ながら、無失策と無難にこなした。

2016年は43試合に出場して打率.205、3本塁打、9打点の成績を残した。

サムスン時代

サムスン・ライオンズ時代
(2018年6月10日)

2016年11月11日にハウィー・ケンドリックとのトレードで、ダーネル・スウィーニー英語版と共にロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[4][5]が、2017年2月17日にドジャースからの自由契約及び韓国・KBOサムスン・ライオンズへの移籍が発表された[6][7]。KBOでの登録名はロフ(러프)。同年は、開幕直後は打率1割台と不振にあえぎ4月下旬には二軍落ちも経験したが[8]、一軍復帰後はリーグに適応し実力を発揮。最終的に打率.315、31本塁打、124打点という成績を残し、KBO打点王のタイトルを獲得した[9]

2018年は、打率.330、チーム最多の33本塁打、125打点と、打撃三部門ともに前年を超える成績を残した。

2019年は、打率.292、リーグ6位となる22本塁打、リーグ5位となる101打点を記録したが、契約延長交渉がまとまらず退団した。妻の出産が最大の退団理由であったと本人は後日語っている[10]

ジャイアンツ時代

サンフランシスコ・ジャイアンツ時代
(2020年2月24日)

2020年1月31日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ[11]。開幕当日の7月23日にメジャー契約を結んで40人枠入りした[12]。この年は40試合[注釈 1]に出場して5本塁打、18打点を記録した。

2021年は5月下旬から約1か月間故障離脱したが、117試合に出場して、打率.271、16本塁打、43打点の成績を残した[11]

2022年は8月1日までに90試合に出場して、打率.216、11本塁打、38打点の成績を残した[11]

メッツ時代

2022年8月2日にJ.D.デービストーマス・ズパッキ、マイナー投手2名との1対4の交換トレードでニューヨーク・メッツに移籍した[13]。メッツでは28試合に出場したが、打率.152、0本塁打、7打点という成績に終わった。また投手として8月15日のアトランタ・ブレーブス戦に12点ビハインドの8回から登板し、2.0回を無失点に抑えた[14]

2023年3月27日にDFAとなり[11]、4月2日に自由契約となった[11]

ジャイアンツ復帰

2023年4月8日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結び[11]、4月12日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[11]。5月9日にDFAとなり[15]、同月13日にFAとなった[16]

ブルワーズ時代

2023年5月15日にミルウォーキー・ブルワーズと1年契約を結んだ[17]。6月2日、グレート・アメリカン・ボール・パークでのシンシナティ・レッズ戦にて、ファウルフライを追いかける途中グラウンドの脇にあった防水シートを巻きつける金具に膝をぶつけ、そのまま負傷退場を余儀なくされた[18]。同月5日より60日間の負傷者リスト入り[19]し、その後メジャーでプレーすることなくオフの11月3日にFAとなった[20]

現役引退後

2024年9月より、ネブラスカ大学オマハ校英語版のアシスタントコーチを務める[21]

2025年5月22日に球団の管理不足により前述のケガを負ったとして、レッズ球団に対して損害賠償訴訟を起こしたと発表した[18]

プレースタイル

打撃面では、圧倒的なパワーが持ち味であり、かつて日本でもプレーし、フィリーズの監督を務めた事もあるチャーリー・マニュエルは、そのパワーを「ボブ・ホーナーのよう」と表現した[2]。マイナーリーグでは.300前後の打率をマークした事もあるが、アッパースイングである[2]為、メジャーリーグでは低打率で三振も多かった。

守備面では、本職は一塁手であるが、フィリーズでは主砲ライアン・ハワードが在籍する事情もあって、外野守備に就く機会もあった。しかし、一塁も含めて守備力は低いとされる[2][3]。2017年から所属するサムスンでは一塁手として起用された。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2012 PHI 12373341121324100002210121.333.351.7271.079
2013 732932513662110141153000023317914.247.348.458.806
2014 5211710213248034180012804322.235.310.402.712
2015 1062972683063120121113910032105697.235.300.414.714
2016 4389838172032890102400255.205.236.337.573
2017 サムスン 134591515901623803129312422046041210714.315.396.569.965
2018 137597506971673243330612553086501810717.330.419.6051.024
2019 1335684728013835222243101630980678718.292.396.515.911
2020 SF 40100871124605451810001300231.276.370.517.887
2021 1173122624171132161364320014623878.271.385.519.904
2022 90314268465890111003820014005858.216.328.373.701
NYM 2974666103001370002501203.152.216.197.413
'22計 119388334526812011113452003450610511.204.307.338.645
2023 SF 927231620083000040090.261.370.348.718
MIL 1130262510060000040070.192.300.231.531
'23計 2057493113001430000800160.225.333.286.619
MLB:9年 58216901469198351693676272056111518042546039.239.329.427.756
KBO:3年 40417561493267467105686842350138021205103730149.313.404.564.968

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2021 SF 100000000----71.0300000002218.003.00
2022 NYM 100000000----62.010000000000.000.50
MLB:2年 200000000----133.040000000226.001.33

年度別守備成績

投手守備


投手(P)












2021 SF 10000----
2022 NYM 10000----
MLB 10000----
内野守備


一塁(1B)三塁(3B)
























2012 PHI 3160001.000-
2013 3624821229.993-
2014 201066091.000101001.000
2015 6641627347.993-
2016 14624081.000-
2020 SF 4111021.000-
2021 4427228123.997-
2022 3623914220.992-
NYM 9431011.000-
'22計 4528215221.993-
2023 MIL 4100001.000-
MLB 23614231028139.995101001.000
外野守備


左翼(LF)右翼(RF)
























2012 PHI 650001.000-
2013 20270001.00029474001.000
2014 15200001.000-
2015 22310001.000-
2016 1316010.941-
2020 SF 2224010.960310001.000
2021 33371001.000592011.000
2022 281800201.000330001.000
NYM 10000----660001.000
'22計 29180001.000990001.000
MLB 160178120.98946666011.000

タイトル

KBO
  • 最多打点:1回(2017年)

背番号

  • 18(2012年 - 2016年, 2023年 - 2023年途中)
  • 50(2017年 - 2019年)
  • 33(2020年 - 2022年途中)
  • 28(2022年途中 - 2022年終了)
  • 25(2023年途中 - 同年終了)

脚注

関連項目

外部リンク

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