ブレイク・テイラー

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生年月日 (1995-08-17) 1995年8月17日(30歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
ブレイク・テイラー
Blake Taylor
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州オレンジ郡オレンジ
生年月日 (1995-08-17) 1995年8月17日(30歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2013年 MLBドラフト2巡目
初出場 2020年7月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム イギリスの旗 イギリス
WBC 2017年

ブレイク・マイケル・テイラーBlake Michael Taylor, 1995年8月17日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州オレンジ郡オレンジ出身のプロ野球選手投手)。左投左打。現在は、フリーエージェント(FA)。

プロ入りとパイレーツ傘下時代

2013年MLBドラフト2巡目(全体51位)でピッツバーグ・パイレーツから指名され、プロ入り。契約後、傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・パイレーツでプロデビュー。8試合(先発7試合)に登板して0勝2敗、防御率2.57、13奪三振を記録した[1]

メッツ傘下時代

2014年6月14日、4月18日に行われたアイク・デービスとのトレード後日発表選手としてニューヨーク・メッツへ移籍した[2]。移籍後は傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・メッツとアパラチアンリーグのルーキー級キングスポート・メッツ英語版でプレーし、2球団合計で11試合(先発8試合)に登板して4勝1敗、防御率3.95、30奪三振を記録した[1]

2015年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・メッツとA-級ブルックリン・サイクロンズでプレーし、2球団合計で5試合(先発2試合)に登板して防御率2.25、8奪三振を記録した[1]

2016年はルーキー級キングスポートでプレーし、5試合に登板して1セーブ、防御率4.15、12奪三振を記録した[1]。また、第4回WBC予選のイギリス代表に選出された[3]。イギリスは敗退して、本大会進出はならなかった。

2017年はA級コロンビア・ファイヤーフライズでプレーし、18試合(先発17試合)に登板して1勝9敗、防御率4.94、72奪三振を記録した[1]

2018年はA+級セントルーシー・メッツとAAA級ラスベガス・フィフティワンズでプレーし、2球団合計で19試合(先発18試合)に登板して3勝8敗、防御率5.40、83奪三振を記録した[1]

2019年はA+級セントルーシー、AA級ビンガムトン・ランブルポニーズ、AAA級シラキュース・メッツ[4]でプレーし、3球団合計で40試合に登板して2勝3敗10セーブ、防御率2.16、74奪三振を記録した[1]。オフにはアリゾナ・フォールリーグに参加し、スコッツデール・スコーピオンズに所属した。11月4日にはメジャー契約を結んで40人枠入りした[5]

アストロズ時代

2019年12月5日にジェイク・マリスニックとのトレードで、ケネディ・コロナと共にヒューストン・アストロズへ移籍した[6]

2020年はメジャーの開幕ロースター入りを果たした[7]。7月24日のシアトル・マリナーズとのシーズン開幕戦でメジャーデビュー[8]。この年はメジャーで22試合に登板して2勝1敗、防御率2.18、17奪三振を記録した[1]。また、同年はチームが西地区優勝を果たしたため、自身初となるポストシーズンに進出した。このポストシーズンでは開幕からロースター入りするとリーグ優勝決定シリーズまでの8試合に登板。1勝負けなし、防御率1.59、5.2イニングを投げ、ポストシーズン全体では5本の安打を浴びながら、失点はリーグ優勝決定シリーズの第5戦でブランドン・ロウに浴びたソロ本塁打のみ[9]、4奪三振を記録するなど安定した投球を披露した[1]。ただ、チームは惜しくもタンパベイ・レイズに3勝4敗で敗れてワールドシリーズ進出はならなかった。

2021年は51試合に登板。4勝4敗5ホールドを記録したが、防御率は前年より悪化して3.16だった[1]。また、前年を上回る41奪三振を記録した[1]。この年もチームは西地区連覇を達成してポストシーズンに進出した。自身はポストシーズンの開幕ロースター入りこそならなかったものの、リーグ優勝決定シリーズからロースター入りし、ワールドシリーズを含む4試合に登板。それまでの3試合の登板では無失点に抑えていたが、11月2日に行われたワールドシリーズ第6戦ではクリスチャン・ハビエルの後を受けて4番手として登板したもののフレディ・フリーマンに適時二塁打を浴びた[10]。チームもその試合に敗れて対戦成績2勝4敗でワールドシリーズ優勝とはならなかった。

2022年は6月3日までに19試合に登板していたが、6月4日に左肘を痛めて15日間の故障者リストすると7月1日には60日間のリストに移行した[1]。その後8月11日にはリハビリのためにA-級フロリダ・コンプレックスリーグ・アストロズ・ブルー英語版に配属されたが、5日後にはAAA級シュガーランド・スペースカウボーイズに復帰すると[1]、9月13日には同日にDFAとなったテイラー・ジョーンズと入れ替わる形でアレドミス・ディアスとともに40人枠入りした(マイナー・オプションでJ.J.マティジェビックとともにそのままシュガーランドに配属)[11]。この年メジャーでは1勝1敗4ホールドを記録するも防御率は前年よりさらに悪化して3.94、奪った三振もわずか9個のみに終わった[1]

2023年スプリングトレーニング中の登板で前年に痛めた左肘に再び問題を抱えたため15日間の故障者リストに入ったため、開幕は故障者リストで迎えた(開幕後の3月31日にリハビリのため、AAA級シュガーランドに配属)[12]。4月11日にメジャーの40人枠に復帰したものの7月31日にジェイク・カズンズを獲得したことに伴いDFAとなり[13]、8月4日にジョー・ペレス英語版とともに自由契約となった[14]。同年はこれ以降、どの球団にも所属せず無所属で過ごした。

レンジャーズ傘下時代

2024年1月25日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結び、ジャレッド・ウォルシュマット・ダフィーとともに同年のスプリングトレーニングには招待選手として参加したが[15]、開幕はAAA級ラウンドロック・エクスプレスで迎えた[1]。マイナーリーグ開幕後の5月7日に7日間の故障者リストに入るも、同月26日に復帰した。復帰後はラウンドロックで34試合に登板。4勝2敗、40.1イニングを投げて40奪三振を記録したものの、防御率は5.80と振るわず8月27日に自由契約となった[1]。この年もこれ以降は無所属で過ごした。

2025年はシーズンを通じてどのチームにも所属しなかった。

選手としての特徴

速球とスライダーだけで投げるツーピッチ・ピッチャーである[16]

人物

父親はイングランド出身で、家庭ではイギリス式に育ち、たくさんの紅茶を飲み、たくさんのカレーを食べて育った[1]。そのため、WBCにはイギリス代表で参加していた[1]

スクーバダイビングをして育った影響でかつての夢はNavy SEALsになることだった[1]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2020 HOU 2200002105.6678720.213212101711752.181.21
2021 5100004405.50018842.23862220415019153.161.41
2022 1900001104.5007516.01511001920773.941.56
MLB:3年 92000076014.53835079.16694431678133273.061.39
  • 2025年度シーズン終了時

ポストシーズン投手成績













































2020 HOU ALDS 3010092.010200000000.00
ALCS 50000163.241001400112.45
2021 ALCS 20000112.220100400000.00
WS 2000050.2201001001113.50
出場:2回 120000419.091401900222.00
  • 2025年度シーズン終了時

背番号

  • 62(2020年 - 2022年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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