ペドロ・アビラ

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生年月日 (1997-01-14) 1997年1月14日(29歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
210 lb =約95.3 kg
ペドロ・アビラ
Pedro Ávila
クリーブランド・ガーディアンズ(マイナー)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 首都地区ミランダ州カラカス
生年月日 (1997-01-14) 1997年1月14日(29歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2014年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2019年4月11日
NPB / 2025年5月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ペドロ・マヌエル・アビラPedro Manuel Ávila, 1997年1月14日 - )は、ベネズエラミランダ州カラカス出身のプロ野球選手投手)。右投右打。MLBクリーブランド・ガーディアンズ傘下所属。

プロ入りとナショナルズ傘下時代

2014年にアマチュア・フリーエージェントでワシントン・ナショナルズと契約してプロ入り。

2015年、傘下のルーキー級ドミニカ・サマーリーグ・ナショナルズでプロデビュー。ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ナショナルズでプレーし、2球団合計で14試合(先発13試合)に登板して7勝3敗、防御率2.12、92奪三振を記録した。

2016年はA級ヘイガーズタウン・サンズ英語版でプレーし、20試合に先発登板して7勝7敗、防御率3.48、92奪三振を記録した。

パドレス時代

2016年12月2日にデレク・ノリスとのトレードで、サンディエゴ・パドレスへ移籍した[1]

2017年は傘下のA級フォートウェイン・ティンキャップス英語版とA+級レイクエルシノア・ストームでプレーし、2球団合計で24試合(先発23試合)に登板して8勝5敗、防御率3.70、170奪三振を記録した。

2018年はA+級レイクエルシノアでプレーし、24試合(先発20試合)に登板して7勝9敗、防御率4.27、142奪三振を記録した。オフの11月20日にルール・ファイブ・ドラフトでの流出を防ぐために40人枠入りした[2]

2019年は開幕をAA級アマリロ・ソッドプードルズで迎え、4月11日にメジャー初昇格を果たした[3]。同日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でメジャーデビュー(5.1回1失点)[4]。翌日にAA級アマリロへ降格の後、右肘を痛めたため、8月にトミー・ジョン手術を受けた。オフの11月27日にDFAとなり[5]、12月2日にマイナー契約となった[6]

2020年は前年の手術及びCOVID-19の影響でマイナーリーグの試合が開催されなかったため、公式戦の登板は無かった。

2021年は2年ぶりに公式戦登板を果たした。マイナーではAA級サンアントニオ・ミッションズ[注 1]とAAA級エルパソ・チワワズでプレーし、2球団合計で36試合(先発11試合)に登板して2勝4敗2セーブ、防御率4.22、82奪三振を記録した。10月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[7]、同日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦で2年ぶりにメジャーのマウンドへ復帰した(先発して4回2失点で敗戦投手)[8]

2022年はシーズンの大半をAAA級エルパソで過ごし、メジャーでの登板は2試合にとどまった。

2023年9月5日のフィラデルフィア・フィリーズ戦では先発して6.2回を無失点に抑え、メジャー初勝利を挙げた[9]

2024年開幕前にはチームメイトのタイラー・ウェイド、ドジャースのタイラー・グラスノー韓国代表元兌仁と共に韓国の少年野球選手への野球教室に参加した[10]。開幕戦当日となる3月20日に開幕ロースターには入らないことが発表された[11]。4月12日にDFAとなった[12]

ガーディアンズ時代

2024年4月16日に金銭トレードでクリーブランド・ガーディアンズに移籍した[13]

2025年1月23日にポール・シーウォルドを獲得したことに伴ってDFAとなり[14]、29日にウェイバー公示を経てAAA級コロンバス・クリッパーズに配属された[15]

ヤクルト時代

2025年2月14日に東京ヤクルトスワローズが獲得を発表した[16]。背番号は11[17][注 2]

開幕後は二軍での5試合で防御率0.59と結果を残し、5月6日に一軍に合流した[19]。15日の中日ドラゴンズ戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で来日初登板。6回1失点と試合は作ったが援護に恵まれず敗戦投手となった[20]。登板3試合目となった6月5日の埼玉西武ライオンズ戦(ベルーナドーム)で7回1失点と好投し、来日初勝利を挙げた[21]。前半戦最終戦には救援登板も経験。2回1失点で3勝目を挙げた[22]。8月22日時点ではチームトップの5勝(8敗)を挙げる活躍を見せていたが、同日夫人の出産立ち合いのため一時帰国した[23]。同30日に再来日[24]。オフの12月2日に自由契約選手公示された[25]

ガーディアンズ復帰

2025年12月30日、クリーブランド・ガーディアンズとマイナー契約を結んだ[26]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2019 SD 110000000----235.140201500111.691.12
2021 110000100.000204.041300500212.251.75
2022 200000000----184.031101510324.501.00
2023 1460002200.50022050.14332505545123183.221.35
2024 4000010001.000358.051601930889.001.38
CLE 5000005111.83331874.26873013734030273.251.31
'24計 5400006111.85735382.27383614827038353.811.32
2025 ヤクルト 15140007800.46734382.17043014616041374.041.21
MLB:5年 7280008411.667634146.1127136711115113167573.511.33
NPB:1年 15140007800.46734382.17043014616041374.041.21
  • 2025年度シーズン終了時

ポストシーズン投手成績













































2024 CLE ALCS 30100134.000210300000.00
出場:1回 30100134.000210300000.00
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2019 SD 110001.000
2021 10000----
2022 210001.000
2023 145610.917
2024 420001.000
CLE 5062021.000
'24計 5482021.000
2025 ヤクルト 155730.800
MLB 7215812.958
NPB 155730.800
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

MLB

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2019年4月11日、対アリゾナ・ダイヤモンドバックス(チェイス・フィールド)、3回表にザック・ゴドリーから一犠打

NPB

初記録
投手記録
打撃記録


背番号

  • 44(2019年)
  • 60(2021年 - 2024年)
  • 11(2025年)

関連項目

脚注

外部リンク

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