ポン・デュ・ガール (ロベールの絵画)
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| フランス語: Le pont du Gard 英語: The Pont du Gard | |
| 作者 | ユベール・ロベール |
|---|---|
| 製作年 | 1787年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 242 cm × 242 cm (95 in × 95 in) |
| 所蔵 | ルーヴル美術館、パリ |
『ポン・デュ・ガール』(仏: Le Pont du Gard、英: The Pont du Gard)は、18世紀後半のフランスの画家ユベール・ロベールが1787年に完成させた風景画である。古代ローマ時代に造られた南フランスの水道橋ポン・デュ・ガールを主題としている。「フランスの主な記念碑」4連作のうちの1点で、ほかの3点とともに[1]、パリのルーヴル美術館に所蔵されている[1][2]。
ロベールは、1754年から1755年までイタリアで過ごし、古代の建物や廃墟の風景を好んで描いたために「廃墟のロベール」と呼ばれた。18世紀の半ばには古代ローマの都市ポンペイが発掘され、古代ブームが起こっていたため、ロベールの廃墟を描いた絵画はもてはやされた[2]。

フランスに帰国後のロベールは、フランス各地の風景を描き続けた。本作を含む4点の「フランスの主な記念碑」連作は1786年にフォンテーヌブロー宮殿の広間を装飾するために委嘱され、1787年に完成した。同年、サロン・ド・パリで展示されている[2]。ちなみに、連作のうち本作と『ニームのディアナ神殿内部』はしばらく宮殿の広間にしばらく掛けられ、ルイ16世、そしてフランス王室の所有となった。ほかの2点『凱旋門とオランジュ劇場』と『ニームのメゾン・カレ、円形劇場、マーニュ塔』は、ユベール・ロベールに返されたが、1822年に彼の未亡人からルーヴル美術館に遺贈された[1]。
南フランスのニームのガルドン川に架かる水道橋ポン・デュ・ガールを描いた本作は、古代の遺跡に魅了されたロベールにふさわしいものである[2]。画面手前に川で水を飲む女たちや舟に乗る人々の姿が見えるが、ロベールの作品にしばしば見られるように、彼らは遺跡に比べて極めて小さく、その対照が歴史の流れをいっそう強く鑑賞者に印象づける。このような時間の感覚は、すでにロマン主義的なものである。画面右手前を影の中においた明暗法や、空の雲のたたずまいが作品の劇的な雰囲気を盛り上げている[2]。