水浴の池
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| フランス語: Le Bassin de baignade 英語: The Bathing Pool | |
| 作者 | ユベール・ロベール |
|---|---|
| 製作年 | 1777-1780年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 174.6 cm × 123.8 cm (68.7 in × 48.7 in) |
| 所蔵 | メトロポリタン美術館、ニューヨーク |
『水浴の池』(すいよくのいけ、仏: Le Bassin de baignade、英: The Bathing Pool)は、18世紀後半のフランスの画家ユベール・ロベールが1777-1780年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。元来、ド・バガテル城の浴室のために依頼された[1]。作品は1917年以来、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている[1]。
1754年から1765年までイタリアに滞在したユベール・ロベールは、広く各地を旅行し、古代遺跡、ルネサンスの大建築や邸宅、未開の風景をスケッチした。その間に彼は空想建築画の巨匠となり、卓越した能力で巨大装飾画を制作した[2]。18世紀は「崇高」と「ピクチャレスク」の概念に廃墟の美学が融合し、数々の幻想的絵画が生み出されたが、ロベールは時代の感性を表現しえたがゆえに絶大な人気を博したのである[3]。
本作は、アルトワ伯(後の国王シャルル10世)が1777年にロベールに依頼した6点の連作絵画のうちの1点である。これらの絵画は、イタリアの景観を表している。本作は、6点中の『旅回りの吟遊詩人』の対作品となっている[4]。
絵画は森の開けた場所にある寺院を表しており、その中央には古代のヴィーナス像が見える。廃墟となった建物の両側には木々があり、建物からは池に続く階段がある。池には、4つの泉から水が注いでいる。左右両端の泉は彫像で装飾され、左の泉には座っているヴィーナスの彫像、右の泉にはサンダルの紐を結わえているメルクリウスの彫像がある。18世紀の衣服を纏った6人の朧げな女性の姿が階段の上に見える。 画面下部左側のヴィーナス像の隣では、座っている女性が召使の前で脚を拭いている。池の浅いところでは、2人の裸体女性が戯れている[1]。

画中の寺院は、おそらくティヴォリにあるヴェスタ神殿、ポッツォーリの市場 (当時は、ユピテル・セラピスの寺院と考えられていた) 、そしておそらくドナート・ブラマンテのサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会内のテンピエット からインスピレーションを得ている[4]。寺院中央の彫像は古代の作例にもとづいており、左右両側の彫像は、ジャン=バティスト・ピガール (1714-1785年) の彫刻にもとづいている[1]。脚を拭いている女性の姿は、フランソワ・ブーシェ (1703–1770年) の絵画に倣っている[5]。裸体女性像は、時間を超越したイタリアの港の光景を裸体女性像とともに描いたクロード・ジョゼフ・ヴェルネ (1714-1789年) にインスピレーションを受けている[6]。
本作は、空想上の場所を当時の人々の姿とともに描いている。18世紀のフランスのマントや頭巾、旅行者のように彫像を指し示している女性、水浴する女性の近代的なピンク色の靴などに明らかに当時の要素が見て取れる。当時の諸要素は、裸体表現を異例なものとしている。というのは、18世紀の絵画は通常、裸体表現を神話的・寓意的主題に限定していたからである[7]。
来歴
本作を含む6点の連作は1808年までド・バガテル城に残っていたが、ナポレオンの所有地行政部が競売でジャック=ニコラ・ブリュノ (Jacques-Nicolas Brunot) に売却した。次いで、ブリュノは、作品群をフロー侯爵 (Comte de Flaux) ピエール・ジュスタン・アルマン・ヴェルディエ (Pierre Justin Armand Verdier) に売却した。その後、1910-1911年までド・フロー城 (Château de Flaux) にあったが、ジョン・モルガンがモーリス・ド・ヴェルヌイユ (Maurice de Verneuil) の仲介で購入した。1912年5月からはモルガンからメトロポリタン美術館に寄託され、1917年には同美術館に寄贈された[1]。なお、6点の絵画は、パリのト・ギャラリー (Galerie Thos) で開催された「ユベール・ロベールの作品 (Œuvres d'Hubert Robert)」展にモルガンから貸し出されている[6]。
ロベールの連作 (メトロポリタン美術館蔵)
- 『洞窟の入り口』
- 『泉』
- 『旅回りの吟遊詩人』
- 『ダンス』
- 『ぶらんこ』