マイケル・チミノ

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マイケル・チミノ(Michael Cimino、1939年2月3日[1] - 2016年7月2日[2])は、アメリカ合衆国映画監督脚本家映画プロデューサー著作家である。

1939年、ニューヨークイタリア系アメリカ人の家庭に生まれる[1]。1956年、ロングアイランドのウェストバリー高校を卒業。チミノはミシガン州立大学に入学し、グラフィック・アートを専攻した。同大学には3年間だけ在籍し、イェール大学に入学[1]。在学中の1962年には陸軍予備役に入隊している[3]

イェール大学卒業後はマンハッタンで広告業界の仕事に就き、TVコマーシャルの監督として名を馳せた[4]

1971年、ロサンゼルスに移り住み、脚本家に転身する[1]ダグラス・トランブル監督の『サイレント・ランニング』(1972年)とクリント・イーストウッド主演の『ダーティハリー2』(1973年)の2作品の脚本を書く(いずれも共作)。

1974年、クリント・イーストウッド主演の『サンダーボルト』で監督デビューを果たす[5]。1978年、ベトナム戦争に材をとった『ディア・ハンター』で、アカデミー監督賞を受賞[1]

1980年、『天国の門』を監督。しかし、撮影日数の超過やセットの組み直し、作中では重要ではない機関車の調達などを行い、製作費が4400万ドルにまで達し、興行収入は350万ドルを切る莫大な赤字を出した。結果、製作のユナイテッド・アーティスツが倒産する「映画災害」を引き起こした。以降数年間映画界から干されることになる。

1985年、ディノ・デ・ラウレンティスの制作で『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』を監督する[6]。2001年、初の小説『Big Jane』をガリマール出版社より出版する[7]。2012年の第69回ヴェネツィア国際映画祭において、「ペルソール2012賞」を受賞したほか[8]、『天国の門』のデジタルリマスター版が上映された[8]

2016年7月2日、自宅で逝去したことが発表された。死亡日時や死因は不明。77歳没[9]

映像作品

監督

脚本

書籍

  • Big Jane(2001年)
  • Conversations en miroir(2003年) - Francesca Pollockとの共著

脚注

関連書籍

外部リンク

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