ミリタリーアタック
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| ミリタリーアタック | ||||||||||||
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| 欧字表記 | Military Attack | |||||||||||
| 香港表記 | 軍事出撃 | |||||||||||
| 品種 | サラブレッド | |||||||||||
| 性別 | 牡→騸 | |||||||||||
| 毛色 | 鹿毛 | |||||||||||
| 生誕 | 2008年3月4日 | |||||||||||
| 父 | Oratorio | |||||||||||
| 母 | Almaaseh | |||||||||||
| 母の父 | Dancing Brave | |||||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | P. E. Banahan | |||||||||||
| 馬主 |
Gary And Linnet Woodward( → Mr.& Mrs.Steven Lo Kit Sing( | |||||||||||
| 調教師 |
John W. Hills( →John Moore( →Casper Fownes( | |||||||||||
| 競走成績 | ||||||||||||
| 生涯成績 | 44戦13勝 | |||||||||||
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ミリタリーアタック(英:Military Attack[1]、香:軍事出撃[2])とは、アイルランドで生産、イギリス・香港で調教されていた競走馬である。主な勝ち鞍は、2013年のクイーンエリザベス2世カップ、シンガポール航空国際カップ。
3歳時(2011年)
当初はレイヴ(英:Rave)という馬名で、5月にケンプトンパーク競馬場で行われた未勝利戦にてデビューした[3]。7月までに計6戦3勝の成績を残して、香港へ移籍。その際に去勢され騸馬になり、馬名もミリタリーアタックへと改名された。
2011/12年シーズン
2012年1月にハッピーバレー競馬場でのハンデ戦にて、移籍後デビュー勝ちを収める。その後は香港ダービーに出走するがアキードモフィードの6着に敗れる[4]。5月のハンデ戦にて再び勝利を挙げるが次走のハンデ戦は3着に敗れ、計6戦2勝でシーズンを終えた。
2012/13年シーズン
10月のシャティントロフィーから始動。しかし、ここを4着に敗れると初重賞となった次走のジョッキークラブマイル、初GIの香港カップをそれぞれ5着と9着に敗れる。2012年内は目ぼしい勝利を挙げることはできなかったが、翌2013年1月には香港GIIIのジャニュアリーカップを勝利した。その後は香港スチュワーズカップとセンテナリーヴァーズを9着と6着に敗れるが、次走の香港GIゴールドカップを勝利する[5]と続く香港GIIIプレミアプレートも連勝、GIクイーンエリザベス2世カップへと出走した。出走馬には香港ダービーで敗れたアキードモフィードや日本からはエイシンフラッシュといった顔ぶれがそろったが、レースでは好位から抜け出すと2着のカリフォルニアメモリーらを抑えて優勝した[6]。さらに連勝の勢いでシンガポールへ遠征、シンガポール航空国際カップへ挑んだ。レースでは同厩のダンエクセルに3馬身差をつけて圧勝、GI連勝を飾ると共にジョン・ムーア師にとってはこれが初の海外GIタイトルとなった[7]。これらの活躍により、7月に行われたシーズンの各種表彰において香港馬王(香港年度代表馬)に選出された。また、同時に最優秀中距離馬と最優秀人気馬にも選出された[8]。
2013/14年シーズン
前シーズンと同じくシャティントロフィーから始動するが6着、次走のジョッキークラブカップも3着に敗れると年末の香港カップと翌2014年の香港スチュワーズカップもそれぞれ4着に敗れたものの、次走の香港ゴールドカップではダンエクセルに3馬身差で圧勝し、同レース連覇を達成した[9]。しかし、その後はドバイワールドカップで10着に大敗すると、連覇を狙ったクイーンエリザベス2世カップではデザインズオンロームとの叩き合いに敗れて惜しくも2着、前年優勝したシンガポール航空国際カップでもダンエクセルの3着に敗れてシーズンを終えた。
2014/15年シーズン
10月のシャティントロフィーで勝利を飾るが、次走のジョッキークラブカップと香港カップを2着に惜敗[10]。翌2015年の香港ゴールドカップとクイーンエリザベス2世カップも敗れ、2勝目を狙ったシンガポール航空国際カップはまたもダンエクセルの2着に惜敗し、勝ちきれないレースが続いたままシーズンを終えた。
2015/16年シーズン~2016/17年シーズン
シャティントロフィーで3着した後のジョッキークラブカップで久々の勝利を飾るが、その後はGIなどを6戦するも勝利を挙げることはできず、最高着順はクイーンエリザベス2世カップでのワーザーの2着であった。翌シーズンのジョッキークラブカップで3着に入ったのを最後に現役を引退した。