オラトリオ (競走馬)

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競走馬におけるオラトリオとは、

  1. アメリカ合衆国の、1971年生まれの競走馬、繁殖牝馬[1]。通算成績17戦1勝。
  2. 日本の、1986年生まれの競走馬[2]1990年京成杯オータムハンデキャップを制した。通算成績23戦5勝。
  3. アイルランド生産の、2002年生まれの競走馬、種牡馬。本項にて記述。

欧字表記 Oratorio[3]
性別
オラトリオ
スーザン・マグナーの勝負服
欧字表記 Oratorio[3]
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2002年4月29日(23歳)
デインヒル
Mahrah
母の父 Vaguely Noble
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産者 Barronstown Stud & Orpendale[3]
馬主 スーザン・マグナー & マイケル・テイバー[3]
調教師 エイダン・オブライエンアイルランドの旗 アイルランド[3]
競走成績
生涯成績 15戦6勝
獲得賞金 £1,085,278[3]
勝ち鞍
G1J.L.ラガルデール賞2004年
G1エクリプスS2005年
G1愛チャンピオンS2005年
G2フューチュリティS2004年
G3アングルシーステークス2004年
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オラトリオOratorio[3])は、アイルランド競走馬種牡馬。主な勝ち鞍は2004年ジャン・リュック・ラガルデール賞(GI)、2005年エクリプスステークス(GI)、愛チャンピオンステークス(GI)。

競走成績

2004年5月にアイルランドカラ競馬場でデビュー。同地で重賞2勝を挙げて挑んだフランスジャン・リュック・ラガルデール賞を制し、G1初勝利。続くデューハーストステークスでは快速馬シャマルダルの2着だった[3]

2005年英2000ギニー4着、愛2000ギニー2着の後、英ダービーに参戦。しかし、モティヴェーターから大きく離れた10着と大敗を喫する。距離を短縮したセントジェームズパレスステークス3着を挟んで出走したエクリプスステークスではモティヴェーターに雪辱を果たす形でG1・2勝目を挙げる。2ヶ月後のアイリッシュチャンピオンステークスで三度モティヴェーターとの対決となり、前走に続いてモティヴェーターに半馬身差をつけて勝利を収めた[4]

その後は英チャンピオンステークス4着を経て、北米ダート最高峰のブリーダーズカップ・クラシックに挑戦したが11着に終わり、同年限りで現役を引退した[3]

以下の内容は、Racing Post[3]の情報に基づく。

出走日競馬場競走名距離着順騎手着差1着(2着)馬
2004.5.23カラ未勝利芝6f 1着J.スペンサー2馬身1/2(Shamoan)
6.15アスコットコヴェントリーステークスG2芝6f 7着J.スペンサー6馬身Iceman
7.18カラアングルシーステークスG36.5f 1着J.ヘアファーナン1馬身(Cougar Cat)
8.8カラフェニックスステークスG1芝6f 2着J.ヘファーナン3/4馬身Damson
8.21カラフューチュリティステークスG2芝7f 1着J.スペンサー2馬身(Democratic Deficit)
10.3ロンシャンジャン・リュック・ラガルデール賞G1芝7f 1着J.スペンサー短首(Early March)
10.16ニューマーケットデューハーストステークスG1芝7f 2着J.スペンサー2馬身1/2Shamardal
2005.4.30ニューマーケット英2000ギニーG1芝8f 4着J.ムルタ2馬身1/2Footstepsinthesand
5.21カラ愛2000ギニーG1芝8f 2着K.ファロン2馬身Dubawi
6.4エプソム英ダービーG1芝12f 10着M.キネーン25馬身Motivator
6.14ヨークセントジェームズパレスステークスG1芝8f 3着K.ファロン4馬身3/4Shamardal
7.2サンダウンエクリプスステークスG1芝10f 1着K.ファロン1/2馬身(Motivator)
9.10レパーズタウン愛チャンピオンステークスG1芝10f 1着K.ファロン1/2馬身(Motivator)
10.15ニューマーケット英チャンピオンステークスG1芝10f 4着K.ファロン3馬身1/4David Junior
10.29ベルモントパークブリーダーズカップ・クラシックG110f 11着K.ファロン12馬身Saint Liam

種牡馬時代

2006年からクールモアスタッドで種牡馬入りする。また、シャトル種牡馬としてクールモア・オーストラリアでも供用されていた[4]

初年度産駒は2009年にデビュー。同年のデューハーストステークスでベートーヴェン(Beethoven)とフェンシングマスター(Fencing Master)が1、2着となり、幸先の良いスタートを切った。しかし、その後は欧州で活躍する産駒にはなかなか恵まれず、南半球の生産馬の散発的な活躍が目立つ程度だった[4]

2012年南アフリカ共和国へ輸出され、翌年から現地で種牡馬生活を送っている[4]

主な産駒

母の父としての産駒

血統表

出典

外部リンク

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