メル・ストットルマイヤー・ジュニア
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![]() 1988年 | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | ワシントン州ベントン郡プロッサー |
| 生年月日 | 1963年12月28日(61歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 190 lb =約86.2 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1985年 1月MLB二次ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 1990年7月17日 |
| 最終出場 | 1990年9月11日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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メルビン・レオン・ストットルマイヤー・ジュニア(Melvin Leon Stottlemyre Jr., 1963年12月28日 - )は、アメリカ合衆国ワシントン州ベントン郡プロッサー出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。右投右打。
1982年のMLBドラフト28巡目(全体700位)でシアトル・マリナーズから指名されたが、この時は入団せず。
1985年1月のMLB二次ドラフト1巡目(全体3位)でヒューストン・アストロズから指名され、プロ入り。カンザスシティ・ロイヤルズへ移籍後の1990年7月17日メジャーデビュー[1]も、メジャーでのプレーはこの年だけに終わり、引退した。
引退後は母校のネバダ大学ラスベガス校のコーチを務めた後、2002年にアリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下のA-級ヤキマ・ベアーズの投手コーチとなった。マイナー各球団で投手コーチを務め、2009年5月にはダイヤモンドバックスの投手コーチに就任した(2010年まで)。2011年から3年間はダイヤモンドバックス傘下のマイナーの投手コーディネイターとして指導にあたり[2]、2014年から2年間はダイヤモンドバックスのブルペンコーチを務めた。
2016年から3年間はマリナーズの投手コーチを務め、2019年シーズンからはマイアミ・マーリンズの投手コーチに就任する[3]。
家族
- 父のメルは投手であり、1964年から1974年までニューヨーク・ヤンキース一筋にプレーして通算164勝を挙げている。引退後は4球団(ニューヨーク・メッツ、ヒューストン・アストロズ、ヤンキース、マリナーズ)で投手コーチを務めた。
- 弟のトッドは、1988年から2002年までトロント・ブルージェイズなどメジャー5球団でプレーしている。さらに通算138勝を挙げており、史上唯一の親子での100勝投手となっている[4]。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1990 | KC | 13 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 138 | 31.1 | 35 | 3 | 12 | 1 | 0 | 14 | 0 | 0 | 18 | 17 | 4.88 | 1.50 |
| MLB:1年 | 13 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 138 | 31.1 | 35 | 3 | 12 | 1 | 0 | 14 | 0 | 0 | 18 | 17 | 4.88 | 1.50 | |
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手(P) | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 1990 | KC | 13 | 1 | 5 | 0 | 0 | 1.000 |
| MLB | 13 | 1 | 5 | 0 | 0 | 1.000 | |
背番号
- 52(1990年)
- 30(2009年 - 2010年、2016年 - )
- 34(2014年 - 2015年)
