ライヴ・イーヴル
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| 『ライヴ・イーヴル』 | ||||
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| ブラック・サバス の ライブ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 | 1982年 ワシントン州シアトル、テキサス州サンアントニオ、テキサス州ダラス | |||
| ジャンル | ヘヴィメタル、ハードロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル |
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| プロデュース | トニー・アイオミ、ギーザー・バトラー | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| ブラック・サバス アルバム 年表 | ||||
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『ライヴ・イーヴル』(Live Evil)は、ブラック・サバスが1982年に発表したライブ・アルバム(母国イギリスでのリリースは1983年)。アルバム『悪魔の掟』(1981年)発表後のツアーで録音されたライブ音源を収録している。オリジナルLPは2枚組で発売された。
本作のミキシング作業において、ロニー・ジェイムス・ディオがスタジオに忍び込み自分のボーカル・トラックのボリュームを上げようとしたため、トニー・アイオミやギーザー・バトラーと対立したといわれる[9]。ただし、アイオミが2010年に説明したところによれば、彼らがサウンドの違いに気付いた時、一緒に作業したエンジニアは深酒しており、彼が「ロニーが来て全部の音を調整して、君たちがまた調整して、また彼(ロニー)が来て調整して、俺はどうすればいいか分からないよ!」と言ったことから対立が始まったという[10]。この件についてアイオミは「もちろん全くの伝聞で、今となっては(エンジニアの言ったことを)本気で信じていないけど、当時の私達は信じてしまった」と語っている[10]。そして、最終的にディオはヴィニー・アピスと共にバンドを脱退し、ディオを結成する。
反響
全英アルバムチャートでは11週チャート圏内に入り、最高13位を記録した[2]。日本のオリコンLPチャートでは、当時としては自身最高の35位に達し、『ブラック・サバス4』(1972年)以来のトップ50入りを果たす[6]。