久米舞
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歴史
久米舞の起源は、早い段階から大和王権に服属した古代の久米一族の風俗歌舞にあるといわれており、大王への服従の誓約として行われたものである。
『記紀』には神武天皇の東征の際に、
雅楽寮が設置されると、久米舞もここで教習され、宮廷の式楽として様式化されていった。『令集解』によると、大伴氏が琴を弾き、佐伯氏が刀を持って舞ったという。飛鳥時代・奈良時代には笛と和琴の伴奏と舞がつけられ、宮中の儀式で用いられるようになった。東大寺大仏開眼供養では20人の舞人によって演じられ、宮中では大嘗会など重要な儀式にあたって吉志舞とともに奏された、という。
平安時代以降は、大嘗祭の
戦後は橿原神宮などで演じられたほか、平成及び令和の即位の礼では、大饗の儀に続いて、五節舞とともに列席者へ披露された。また、2018年3月には宮内庁式部職楽部により国立劇場で一般公演された[1]。
