胡蝶 (舞楽)
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平基親の発願ゆえに『平基親願経』ともいう[1]、治承2年(1178年、平安時代後期後半)の装飾経[1]。紺紙金字、1巻。東京国立博物館所蔵。画像は見返しの部分であり、紺地を背景に極彩色の胡蝶楽による十種供養伝供の図を描いている[1]。

雅楽における胡蝶/蝴蝶[2](こちょう)とは、胡蝶楽/蝴蝶楽(こちょうらく)の略語[3][4][5][6][7]。雅楽の曲名であり[5][7]、舞楽の一つ[6]。春の日に舞い遊ぶ蝶を表した四人舞である[8]ことから「蝶」の名がある。胡蝶の舞/蝴蝶の舞(こちょうのまい)ともいう[9]。
装束・化粧
平絹白地の袴の上に、緑系統の地色に蝶を散らした尻長の紗の指貫(奴袴)を着て[8]、手には山吹の枝を持つ(持ち花という)[8]。足には絲鞋を履き[8]、背と胸に、牛革、または、重ね貼りした和紙に胡粉を引いて紅や緑青で描かれた蝶の翅(はね)を胸当てと共に着ける[8]。頭に鍍金した唐草模様の前天冠(まえてんがん)[8](雅楽では、山形の額飾りと側頭部に二本の剣形の飾りを備えた金属製のヘッドバンドを指す)をつけて挿頭華(かざし。左右一対の山吹の花の小枝)を挿し[8]、図画資料では髪は下の輪のみの角髪に結うことが多い。化粧は稚児と同様の白塗りの厚化粧が原則となるが、しない場合や薄化粧の場合もある。
『源氏物語』第54帖「胡蝶」などを見ると、この衣装をつけさせた童子に宴会の際の舟を漕がせることなども行われていたらしい。