八幡賢司

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フルネーム やはた けんじ
ラテン文字 Kenji Yahata
国籍 日本の旗 日本
八幡 賢司
選手情報
フルネーム やはた けんじ
ラテン文字 Kenji Yahata
国籍 日本の旗 日本
競技 陸上競技 (ハードル)
種目 110mハードル
所属 モンテローザ
大学 順天堂大学
順天堂大学大学院
生年月日 (1980-11-04) 1980年11月4日(45歳)
出身地 愛媛県
身長 185cm
体重 79kg
引退 2014年10月
成績
世界選手権 110mH 予選2組7着 (2007年)
地域大会決勝 アジア選手権
110mH 5位 (2007年, 2011年)
国内大会決勝 日本選手権
110mH 優勝 (2012年)
自己ベスト
100m 11秒24
200m 21秒86
60mハードル 8秒03 (2004年)
110mハードル 13秒58 (2007年)
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八幡 賢司(やはた けんじ、1980年11月4日 - )は、愛媛県出身の元陸上競技選手。専門は110mハードルで、自己ベストは日本歴代10位タイの13秒58。2007年大阪世界選手権日本代表

愛媛県出身。北区立滝野川紅葉中学校修徳高等学校順天堂大学順天堂大学大学院卒業。モンテローザ所属。

陸上は中学から始める[1]

修徳高等学校時代には1998年インターハイで優勝して全国タイトルを獲得した。

1999年順天堂大学に進学。大学時代(大学院を含む)は全国タイトルを獲得できなかったが、日本インカレで2位になるなど活躍。大学4年時に自己ベストが13秒台に突入した。

2005年モンテローザに入社。1年目には自己ベストを13秒85に塗り替えた。

2007年5月の東日本実業団選手権で当時日本歴代5位の13秒58をマークし、8月に行われる大阪世界選手権の参加標準記録B(13秒62)を突破すると、6月の日本選手権では2位に入り世界選手権日本代表に選出された。世界選手権の1ヶ月前に行われたアジア選手権は5位、8月の世界選手権は予選で敗退した。

2011年6月の日本選手権では1位と0秒02差の2位で惜しくも初優勝を逃す。7月には2007年大会以来2度目となるアジア選手権出場を果たすと、前回に続いて決勝に進出し、4位と同タイム着差ありの5位に入った。

2012年6月の日本選手権を制し、31歳にして初優勝を成し遂げた。

2014年10月の全日本実業団選手権を最後に現役を引退した[2]

現役引退後はモンテローザ陸上競技部の助監督を務めていたが(引退する前から選手兼助監督だった)、陸上競技部は2017年3月31日をもって廃部となった[3]

人物・エピソード

  • 初めて試合に出場した種目は走幅跳で、その次に110mハードルだった。結果はどちらもビリだったが、なぜか110mハードルのほうがビリになった悔しさは大きかったという[1][リンク切れ]

  • スプリント能力は高くなく、100m200mの自己ベストは高校時代にマークした11秒24と21秒86[1]
  • 2007年大阪世界選手権の時にTBSから付けられたキャッチコピーは「居酒屋ハードラー」
  • 趣味は車をいじること[4]
  • モンテローザ陸上部で1番の手先の器用さを誇る[注 1]。「リセット八幡」の異名を持ち、宴会の片付けは1分で終わるという[4]

自己ベスト

記録欄の( )内の数字は風速m/s)で、+は追い風を意味する。

種目記録年月日場所備考
屋外
110mハードル13秒58 (+1.7)2007年5月19日日本の旗 熊谷市日本歴代10位タイ
100m11秒24
200m21秒86
室内
60mハードル8秒032004年2月21日日本の旗 横浜市

主要大会成績

脚注

外部リンク

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