南常盤台
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| 南常盤台 | |
|---|---|
| 町丁 | |
|
天祖神社 | |
北緯35度45分28.94秒 東経139度41分15.44秒 / 北緯35.7580389度 東経139.6876222度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 地域 | 上板橋地域 |
| 人口情報(2025年(令和7年)3月1日現在[1]) | |
| 人口 | 7,493 人 |
| 世帯数 | 5,019 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.315091379 km² | |
| 人口密度 | 23780.4 人/km² |
| 標高 | 30 m |
| 郵便番号 | 174-0072[3] |
| 市外局番 | 03(東京MA)[4] |
| ナンバープレート | 板橋 |
南常盤台(みなみときわだい)は、東京都板橋区の町名[5][6]。現行行政地名は南常盤台一丁目および南常盤台二丁目。全域で住居表示が実施されている。郵便番号174-0072[3](集配局 : 板橋北郵便局[7])。
河川
板橋区の南部に位置する。武蔵野台地成増台の高台にあたる。一丁目東部で石神井川に向けて下り勾配となっている他は、ほぼ平坦である。南東端で石神井川に接する。北で常盤台、東で石神井川を隔てて弥生町、南で東山町、南西で東新町と隣接する。北辺を東武東上線、南辺を国道254号(川越街道)、一丁目東部を東京都道318号環状七号線(環七通り)が通じている。町域の東側が南常盤台一丁目、西側が同二丁目である。一丁目はときわ台駅北口ロータリーと川越街道を結ぶ道沿いの商店街を中心として、主に商業地域である。二丁目は主に住宅地である。
地価
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、南常盤台2-25-5の地点で62万7000円/m2となっている[8]。
歴史
廃藩置県実施前は武蔵国豊島郡上板橋村。南常盤台地域は字原(はら)、字向屋敷(むかいやしき)などであった。
地名の由来
1960年の地番整理時にできた町名である。東武東上線の線路を隔てて、常盤台住宅地の南側に位置することから名づけられた。
沿革
- 天祖神社の創建年代は明らかになっていない。一説では、後深草天皇の時代(13世紀中ごろ)に、伊勢神宮に祭られている天照大御神を勧請したと伝えられている。
- 1457年(長禄元年)ごろ:太田道灌により、川越街道が開かれる。
- 1639年(寛永16年):川越城主松平信綱の命により、川越街道が中山道脇往還として整備される。
- 1871年(明治4年)11月:浦和県(現埼玉県)から東京府に編入。大区小区制実施。
- 1878年(明治11年):郡区町村編制法により北豊島郡が設置され、東京府北豊島郡上板橋村となる。
- 1914年(大正3年):東上鉄道開通。当地に駅は設置されなかった。
- 昭和初期:現在の川越街道(国道254号線)の整備が行われる。
- 1932年(昭和7年)10月1日:東京府内市郡併合による板橋区発足に伴い、東京府東京市板橋区(旧)上板橋町二・三・四丁目となる。(1943年8月1日 東京都制施行)
- 1935年(昭和10年)10月20日:東武東上線武蔵常盤駅開業。
- 1945年(昭和20年)6月10日:米軍爆撃機B29による空襲を受け、天祖神社の狛犬のひとつに穴が開く。
- 1947年(昭和22年):上板橋第一中学校開校。
- 1949年(昭和24年):駅南口設置のため、天祖神社境内のおよそ半分が割譲される。南口は1950年竣工。
- 1951年(昭和26年):武蔵常盤駅がときわ台駅に改称される。
- 1960年(昭和35年):地番整理により、(旧)上板橋町二・三・四丁目の一部が東京都板橋区南常盤台一丁目~二丁目に再編される。
- 1964年(昭和39年):東京都道318号環状七号線(環七通り)開通。
- 1972年(昭和47年):よしや常盤台店開店。
世帯数と人口
2025年(令和7年)3月1日現在(板橋区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 南常盤台一丁目 | 2,889世帯 | 4,118人 |
| 南常盤台二丁目 | 2,130世帯 | 3,375人 |
| 計 | 5,019世帯 | 7,493人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 5,847 |
| 2000年(平成12年)[10] | 6,091 |
| 2005年(平成17年)[11] | 6,302 |
| 2010年(平成22年)[12] | 6,454 |
| 2015年(平成27年)[13] | 6,931 |
| 2020年(令和2年)[14] | 7,513 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 2,824 |
| 2000年(平成12年)[10] | 3,141 |
| 2005年(平成17年)[11] | 3,407 |
| 2010年(平成22年)[12] | 3,796 |
| 2015年(平成27年)[13] | 4,237 |
| 2020年(令和2年)[14] | 4,743 |
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2021年8月時点)[15]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 南常盤台一丁目 | 4~19番 33~39番 | 板橋区立上板橋小学校 | 板橋区立上板橋第一中学校 |
| 1~3番 20~32番 40番 | 板橋区立常盤台小学校 | ||
| 南常盤台二丁目 | 1~4番 15~17番 | 板橋区立上板橋第三中学校 | |
| 5~14番 | 板橋区立上板橋小学校 | ||
| 18~27番 | 板橋区立上板橋第四小学校 |
