若木 (板橋区)
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地価
板橋区の中央部に位置する。北で相生町、東で中台、南で上板橋、南西の一部で練馬区北町、西で西台と隣接する。町域の北辺を首都高速道路の高架橋が通じている。町域内は住宅地および中小の工場が見られる。[5]。町域は武蔵野台地成増台と荒川低地の境をなす、志村の崖線後背部に相当する。摺鉢状の谷戸地形が形成されていて、台地と低地が複雑に入り組んでいる。若木通りの国際興業バス若木三丁目停留所付近では、路上からも谷戸地形越しに東京スカイツリーが遠望できる。
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、若木1-23-2の地点で43万円/m2、若木3-14-9の地点で37万8000円/m2となっている[7]。
歴史
沿革
- 1871年(明治4年)11月14日:浦和県(現埼玉県)から東京府に編入。大区小区制実施。
- 1878年(明治11年):郡区町村編制法により北豊島郡が設置され、東京府北豊島郡中台村および西台村となる。
- 1889年(明治22年)4月1日:市制町村制施行により志村と合併、東京府北豊島郡志村大字中台および大字西台となる。
- 1932年(昭和7年)10月1日:東京府内市郡併合による板橋区発足に伴い、東京府東京市板橋区志村中台町および志村西台町となる(1943年8月1日 東京都制施行)。
- 1958年(昭和33年):板橋区立若木小学校開校。
- 1963年(昭和38年)11月1日:住居表示実施により、志村中台町および志村西台町、(旧)上板橋町七丁目の一部地域が若木一丁目~三丁目に再編される。
- 1971年(昭和46年):板橋区立若葉小学校開校。
- 1977年(昭和52年)8月19日:首都高速5号池袋線の北池袋出入口 - 高島平出入口が開通。
- 2004年(平成16年):若葉小学校閉校。
地名の由来
町内の若木小学校に由来する。児童が若木のようにすくすく育つことを願って命名された。
世帯数と人口
2025年(令和7年)3月1日現在(板橋区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 若木一丁目 | 2,406世帯 | 4,361人 |
| 若木二丁目 | 2,352世帯 | 3,861人 |
| 若木三丁目 | 1,387世帯 | 2,650人 |
| 計 | 6,145世帯 | 10,872人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[8] | 10,273 |
| 2000年(平成12年)[9] | 10,134 |
| 2005年(平成17年)[10] | 10,149 |
| 2010年(平成22年)[11] | 10,163 |
| 2015年(平成27年)[12] | 10,353 |
| 2020年(令和2年)[13] | 10,532 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[8] | 4,300 |
| 2000年(平成12年)[9] | 4,460 |
| 2005年(平成17年)[10] | 4,628 |
| 2010年(平成22年)[11] | 4,853 |
| 2015年(平成27年)[12] | 4,980 |
| 2020年(令和2年)[13] | 5,240 |
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2021年8月時点)[14]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 若木一丁目 | 全域 | 板橋区立若木小学校 | 板橋区立中台中学校 |
| 若木二丁目 | 全域 | ||
| 若木三丁目 | 1~20番 22番、24番 26番、28番 30番 | ||
| 21番、23番 25番、27番 29番、31番 | 板橋区立志村第五小学校 | 板橋区立西台中学校 |
事業所
交通
鉄道
街区内に駅は存在しない。
| 隣接する街区・近隣の街区の駅 |
|---|
|
- エイトライナー ーーー 同地区を対象とした路線構想
- 上板橋駅は(上板橋二丁目および常盤台四丁目)・東武練馬駅(徳丸二丁目)に存在。境界が入り組んでいる為必ずしも隣接する街区とならないが、実質距離的に近い駅となる。
- 東京都交通局都営地下鉄三田線蓮根駅(蓮根二丁目)も利用可能範囲にある。
バス
道路
- 首都高速5号池袋線 - 町域内に出入口は存在しない。
- 東京都道311号環状八号線(環八通り)
- 東京都道446号長後赤塚線
