名声の擬人像としてのヘンリク・ルボミルスキ公
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| ドイツ語: Prinz Henryk Lubomirski als Genius des Ruhmes 英語: Prince Henryk Lubomirski as a Genius of Fame | |
| 作者 | エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン |
|---|---|
| 製作年 | 1787-1788年 |
| 素材 | オーク板上に油彩 |
| 寸法 | 106 cm × 83 cm (42 in × 33 in) |
| 所蔵 | ベルリン絵画館 |
『名声の擬人像としてのヘンリク・ルボミルスキ公』(めいせいのぎじんぞうとしてのヘンリク・ルボミルスキこう、仏: Le prince Henryk Lubomirski, personnification de la renommée、英: Prince Henryk Lubomirski as a Genius of Fame)は、17世紀から18世紀にかけてのフランスの女性画家エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランがオーク板上に油彩で制作した肖像画である。フランス革命の勃発直前の1787-1788年に描かれた。1974年にパリで購入されて以来[1]、ベルリン絵画館に所蔵されている[1][2]。
本作は、ポーランドの王女イサベラ・ルボミルスカにより委嘱された[1]。彼女は従兄弟であったスタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキ (後のポーランド王) と対立していたため1785年にポーランドを去り、翌年の11月にパリに到着した (フランス革命の勃発にいたるまで滞在した)。この時、彼女に随行した[1]のが、本作のモデルの人物で彼女の親戚の子供であったヘンリク・ルボミルスキ公爵である[1][2]。

少年の素晴らしい美貌と子供らしい無垢な顔の表情は、すべての人の賞賛を呼び起こし、愛された[1][2]。富裕な美術庇護者・収集家であったイサベラ・ルボミルスカが彼の肖像画をローマ、パリ、ロンドンで何度も描かせたのも驚くにはあたらない。これらの肖像画中最も重要なものがフランス王妃マリー・アントワネットの宮廷画家であったヴィジェ=ルブランに委嘱された本作で、当時センセーションを巻き起こした12,000フランという破格の費用で委嘱された[1]。
少年は、無垢さの象徴であるギンバイカと月桂樹の冠をこれみよがしに掲げている。ニュアンスのある色彩が理想化された早熟な顔と融合され、感傷的な新古典主義芸術の見事な作例となっている[1]。冠が古代を示唆するだけでなく、少年のポーズ自体も紀元前3世紀のヘレニズム時代の彫刻『蹲るヴィーナス』にもとづいている。この彫刻は、多くの古代ローマ時代の複製やカメオ、とりわけ小型の複製の形で様々なコレクションに所蔵されていたため、広く知られていた[1]。作品の色彩的魅力、皇太子個人の感傷的な表情にもかかわらず、ほとんど女性的な身体像、跪くポーズ、動きのモティーフが閉じられた輪郭線と組み合わされており、古代彫刻を参照したものであることが明瞭に示されている[1]。