和辻大輝
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八尾市立大正中学校では大阪加美ボーイズでプレーした。三重高等学校では2年生の秋より試合に出場し3年夏の県大会では決勝で負け3年間で甲子園出場はなかった。[要出典]
国士舘大学 に進学し2年生の春季リーグより主に代打、一塁手として試合に出場した。2学年上に高部瑛斗、同級生に芦田丈飛,池田来翔、1学年下に荘司宏太がいた。[要出典]
ジェイプロジェクトでは1年目より一塁手として試合に出場した[要出典]。
ベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の信濃グランセローズでは初年度の2023年から主に二塁手として起用され、中軸打者となる。2年目の2024年は4番を打つこともあった。[要出典]この年、チームはリーグ戦2位からプレーオフに優勝して出場したグランドチャンピオンシップで初優勝(「独立リーグ日本一」)を達成した[1]。シーズン終了後の11月19日に「任意引退」で信濃を退団することが発表された[2]。
前年よりウエスタン・リーグに参入したくふうハヤテベンチャーズ静岡のトライアウトに参加し、2024年12月16日に入団が発表された[3]。背番号は9で[3]、信濃時代と同じである。
2025年は開幕戦に8番・二塁手として出場すると、そのまま二塁手のレギュラーに定着(二塁手:112試合、一塁手:4試合[4])[5]。3・4月は打撃に苦しむも、5月と6月はともに月間打率が3割を超え、7月5日の対阪神戦では初本塁打を記録した[5]。最終的に公式戦119試合の出場で打率.249、1本塁打、23打点、5盗塁の打撃成績を残した[6]。