地方気象台
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明治の近代気象業務開始から第二次世界大戦前まで、現在の気象台のほとんどは測候所として設立され、業務が拡充されてきた。運営していたのは府県や民間で、1937年(昭和12年)から1939年にかけて国営に移管された[4]。
戦後、1956年(昭和31年)7月に中央気象台が気象庁となり、1957年9月の組織改正によって、気象庁が所管する地方気象台は44か所となった。一部の県・地域では地方気象台に代えて4か所の海洋気象台がその業務も担当した[5]。
戦後米軍統治下に入った沖縄では、1965年(昭和40年)8月に3拠点が気象台となり、1972年(昭和47年)5月の本土復帰により気象庁の所管に戻ると、3つの気象台は地方気象台に改称された[6][注釈 1]。これにより地方気象台は47か所となった。
2013年(平成25年)10月、海洋気象台4か所のうち3か所が地方気象台に改められ、地方気象台は50か所となった[2][7]。
- 1939年(昭和14年)10月31日 - 名古屋、金沢、米子、沖縄の4つの中央気象台支台と仙台測候所が地方気象台に改称[8]。
- 1943年(昭和18年)11月15日 - 金沢、米子の2つの地方気象台が測候所に、新潟、広島の2つの測候所が地方気象台に改称[9]。
- 1945年(昭和20年)8月11日 - 仙台、名古屋、広島の3つの地方気象台、高松測候所が管区気象台に改称[10]。
- 1946年(昭和21年)6月27日 - 新潟地方気象台が[注釈 2]管区気象台に改称[11]。
- 1949年(昭和24年)11月1日 - 新潟、名古屋、広島、高松の4つの管区気象台が再び地方気象台に改称[12]。
- 1952年(昭和27年)4月1日 - 鹿児島測候所が地方気象台に改称[5]。
- 1957年(昭和32年)9月1日 - 旭川、室蘭、釧路、網走、稚内、青森、盛岡、秋田、山形、福島、水戸、宇都宮、前橋、熊谷、銚子、横浜、甲府、長野、富山、金沢、福井、岐阜、静岡、津、彦根、京都、奈良、和歌山、鳥取、松江、岡山、徳島、松山、高知、下関、佐賀、熊本、大分、宮崎の39の測候所が地方気象台に改称[5]。
- 1972年(昭和47年)5月15日 - 沖縄の本土復帰に伴い、八重山、宮古島、南大東島の3つの気象台が地方気象台に改称(八重山は石垣島に改称)[13]。
- 2013年(平成25年)10月1日 - 海洋気象台の廃止に伴い、海洋気象業務が管区気象台に移管され、海洋以外の予報・警報等の業務を継承して改称。函館、神戸、長崎の3か所が地方気象台となる[注釈 3][14]。
設置都市
各都道府県に管区気象台(沖縄気象台を含む)または地方気象台のどちらかが1つ以上配置されている。管轄する面積が広大な北海道には6つの地方気象台を含む7官署、また島嶼部が多い沖縄県では沖縄県には3つの地方気象台を含む4官署が置かれている[2][3]。2013年まで[注釈 4]は、京都府についても舞鶴海洋気象台と京都地方気象台の2官署が置かれ、舞鶴が分担気象官署として一部の予報区の警報類の発表を担っていたが、廃止となった[3][14][15]。
また、多くの府県の地方気象台は県庁所在地に設置されているものの、千葉県は銚子市、埼玉県は熊谷市、滋賀県は彦根市、山口県は下関市と、この4県では県庁所在地以外に置かれている[4][16]。
銚子の気象台は、漁業者の協力を得て海運業者が1886年(明治19年)に設立した私立の測候所が前身である[16][17]。下関は内務省地理局が1883年(明治16年)に設置した国営(5年後に県営に移管)の測候所が前身で、これも海運の要衝に立地する[16][17]。
なお、富山県でもはじめ海運業者が伏木(現・高岡市)に測候所を設け、後発の富山のほうが地方気象台へ移行した[17][5][18]。宮城県でもはじめ築港事業が行われた野蒜、数年後移転して石巻に測候所が置かれたが、後発の仙台が1939年には仙台地方気象台(後に管区気象台)となった[19]。
彦根は、県域の中央という地理的配置や、琵琶湖が気象に与える影響を観測しやすい点があるとも推察されている[16]。関連して、各地の測候所の基準として「管轄の全境界までの距離ができるだけ均等になるような場所がふさわしい」という旨の1909年(明治42年)文部省発行の文書も残っている[20]。熊谷は、当初の勅令で埼玉県の測候所は浦和に置くとされたが変更された。そのはっきりした理由は分かっていないが、養蚕の拠点であったためとも推察されている[16]。
各種観測の無人化と組織再編、防災対応ニーズの拡大などで、気象庁は自治体や関係機関などと連携する地域防災支援の強化を進めている。また、通信技術が向上し、観測に適した立地を重視する必要が薄まったとの見方もある。気象庁内では、各県の災害対策本部が置かれる県庁へのアクセスを重視し、中長期的には地方気象台を県庁所在地へ移転させる検討をしていることが2025年5月に報道された[16][21]。
業務
気象官署として人員が配置され、それぞれ受け持ちの府県予報区を対象に、防災情報である注意報・警報の発表、天気予報の発表、気象・地震の観測を行う[4]。
新潟、名古屋、広島、高松、鹿児島の5つの地方気象台は、管区気象台とともに全国を分担する予報中枢官署であり、その地方の気象の監視・解析を担う。各気象台から情報を集め、気象現象の今後の見通し(シナリオ)を立てた上で、予報の決定や天気図の作成をしたり、指示報などの形で各気象台に対してアドバイスや指示を行う[4][22][23]。
また、現在帯広・名瀬の2か所にある測候所は分担気象官署で、気象台管轄の一部の警報類の発表を担っており[15]、気象台はそれを監理(バックアップ)する。
なおかつては、気象台が県庁所在地にない県のうち、千葉市(千葉県)と山口市(山口県)は測候所を通じて、浦和市(当時)は熊谷地方気象台の連絡事務所を埼玉県庁内に設置して、それぞれ情報伝達を行っていた。ただし、大津市には測候所も連絡事務所も置かれていなかった[注釈 5][25]。
組織
地方気象台の組織は基本的に、法律の国土交通省設置法、政令の国土交通省組織令および省令の気象庁組織規則が階層的に規定しており、以下のようになっている。
- 地方気象台
- 台長
- 次長(南大東島地方気象台を除く。)(省令第121条第1項)
- 広域防災管理官(新潟、名古屋、広島及び高松地方気象台に限る。)(省令第121条の2第1項)
- 気象防災情報調整官(新潟、名古屋、広島、高松及び鹿児島地方気象台に限る。)(省令第121条の3第1項)
- 地震津波火山防災情報調整官(新潟、名古屋、広島、高松及び鹿児島地方気象台に限る。)(省令第121条の4第1項)
- 業務・危機管理官
- (業務・危機管理グループ)
- 防災管理官
- (防災グループ)
- 観測予報管理官
- (観測予報グループ)