大久保択生

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愛称 タクオ
カタカナ オオクボ タクオ
ラテン文字 OKUBO Takuo
国籍 日本の旗 日本
大久保 択生
名前
愛称 タクオ
カタカナ オオクボ タクオ
ラテン文字 OKUBO Takuo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-09-18) 1989年9月18日(36歳)
出身地 東京都江東区
身長 190cm
体重 92kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 アスルクラロ沼津
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足[1]
ユース
1996-2001 砂町サッカークラブ(江東区立第四砂町小学校)
2002-2004 帝京中学校
2005-2007 帝京高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2010 横浜FC 40 (0)
2011-2013 ジェフユナイテッド千葉 0 (0)
2014-2016 V・ファーレン長崎 96 (0)
2017-2018 FC東京 10 (0)
2019 サガン鳥栖 10 (0)
2019-2023 清水エスパルス 28 (0)
2024-2025 いわてグルージャ盛岡 34 (0)
2025 カターレ富山(loan) 0 (0)
2026- アスルクラロ沼津
代表歴
2009  日本U-20 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2026年1月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

大久保 択生(おおくぼ たくお、1989年9月18日 - )は、東京都江東区出身[2]プロサッカー選手JFLアスルクラロ沼津所属。ポジジョンはゴールキーパー(GK)

プロ入り前

5歳の時に兄の影響でサッカーを始め[1]、小学4年生の時にGKへ転向[3]

1997年度の高校サッカー選手権で準優勝した帝京高校に憧れ[3]、同中学校・高校へ進学。高校3年次には自身の好セーブで[3]総体ベスト8入り。それまで代表歴は無く無名だったが[3]同年夏にはU-18日本代表に初選出された[4]同年冬の選手権では2回戦で広島皆実に0-2で敗れた。

横浜FC

複数クラブからオファーを受けた中、三浦知良とGKコーチを務めていた田北雄気を慕って[3][5]2008年に横浜FCへ加入。同年は小山健二の前に出場機会を得られなかったが、2009年には小山・岩丸史也との正GK争いを制し33試合に出場した。2010年には樋口靖洋に代わり岸野靖之(前鳥栖監督)が監督に就任。引退した小山に代わって背番号を「1」に変更して臨んだものの、岸野は鳥栖時代の教え子シュナイダー潤之介を起用。第6節千葉戦での大敗を機に、第7節からは大久保が先発したが、第13節まで7試合連続失点(この間1勝6敗)を喫し[6]正GKには定着できなかった。同年U-20日本代表にも選出されており、2012年のオリンピック出場を見据えてこの年限りでの退団を決意[7]

ジェフ千葉

2011年、ジェフユナイテッド千葉へ完全移籍[8]。同年中盤から岡本昌弘に次ぐ第2GKとしてベンチ入りを続け[9]天皇杯2回戦・デッツォーラ島根戦で移籍後初出場し無失点勝利に貢献。2012年は櫛野亮に第2GKの座を譲るも[10]、2013年はリーグ戦全試合にベンチ入りし臨戦。

V・ファーレン長崎

2014年、V・ファーレン長崎へ完全移籍[11][12]。長崎を退団した横浜FC在籍時の先輩である岩丸の背番号「1」を受け継ぎ、前年退団した金山隼樹に代わって開幕から出場を続けた。同年中盤は中村隼とのポジション争いで一時劣勢、終盤には途中加入した植草裕樹の控えとなった[1]。2015年、植草から正GKを奪取。2016年には自身初となるリーグ戦全試合出場を達成。

FC東京

2017年、地元クラブの[2]FC東京へ完全移籍[13]。8月13日、第22節のヴィッセル神戸戦でJ1初出場を果たし、ハーフナー・マイクのヘディングシュートを防ぐなど好セーブを連発した。しかし林彰洋から正GKを奪取するには至らず、この年の出場は7試合に留まった。

2018年も引き続き第2GKとして主にカップ戦で活躍。リーグ戦では林の不調もあって出場した3試合に留まった。

サガン鳥栖

2019年、サガン鳥栖に完全移籍。加入序盤は移籍した権田修一の穴を埋める活躍を見せたが、シーズン途中に高丘陽平にポジションを奪われた。

清水エスパルス

2019年8月、正GK六反勇治の離脱に伴い清水エスパルスに完全移籍[14]。 清水加入後は西部洋平とポジションを争いながら、11試合に出場した。

2020シーズンは怪我もあって出遅れ、開幕戦はメンバー外。復帰後は新型コロナウイルス感染症による全公式戦中断期間での梅田透吾の台頭もあり、開幕スタメンだったネト・ヴォルピの離脱でベンチ入りはできたもののしばらく第2GKとしての日々が続いた。しかしルヴァンカップ第3節の鹿島アントラーズ戦で同年初出場を果たすと、その後は梅田とポジションを争いながら15試合に出場した。

2021シーズンより、背番号を39から1に変更。同年は、日本代表権田修一永井堅梧が加入したこともあって第3GKに降格し、シーズン通して公式戦の出場は無かった。

2022年2月23日、ルヴァンカップ第1節名古屋グランパス戦で2年ぶりに先発に抜擢。同試合は、自身のビッグセーブもあって、前回王者相手に無失点で抑えるなどと活躍を果たした。

J2に降格した2023シーズンも、引き続き権田が正GKを務めたために、42試合通じてリーグ戦の出場は無かったが、J1昇格プレーオフでは、権田のコンディション不良に伴い、準決勝モンテディオ山形戦で先発に抜擢されると、試合序盤から山形の猛攻を受ける中で自身のビッグセーブもあって無失点に抑える活躍を見せ、チームの決勝進出に貢献した[15]。決勝も引き続き先発出場したが、試合終了間際にPKで失点し引き分け、規定により1年でのJ1復帰を逃した。

2023年12月7日、契約満了に伴う退団が発表された[16]

いわてグルージャ盛岡

2024年1月3日、いわてグルージャ盛岡へ加入することが発表された[17]

カターレ富山

2024年12月29日、カターレ富山への期限付き移籍が発表された[18]

アスルクラロ沼津

2026年1月8日、アスルクラロ沼津へ加入することが発表された[19]

エピソード

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008横浜FC31J200-0000
200921330-20350
2010170-0070
2011千葉2100-1010
201200-1010
201300-1010
2014長崎1230-20240
2015310-10340
2016420-10430
2017FC東京J1702010100
201830301070
2019鳥栖1000010110
清水39110--110
202015010-160
2021100000000
202220500070
2023J200601070
2024岩手J33401000350
2025富山21J200001018
2026沼津1JFLC--
通算日本J1 48011030620
日本J2 1360601101530
日本J3 3401000350
日本JFLC --
総通算 21801801402500
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2017F東231J34040
20186060
通算日本J3 100100
総通算 100100

その他の公式戦

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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