大内利裕

From Wikipedia, the free encyclopedia

誕生 1952年(72 - 73歳)
福島県双葉郡
ステージ 正悟師
教団での役職 ロシア支部副支部長、宗教法人の責任役員
大内 利裕
誕生 1952年(72 - 73歳)
福島県双葉郡
ホーリーネーム プンナ・マンターニプッタ
ステージ 正悟師
教団での役職 ロシア支部副支部長、宗教法人の責任役員
入信 1985年
関係した事件 男性信者殺害事件
男性信者逆さ吊り死亡事件
判決 懲役8年
テンプレートを表示

大内 利裕(おおうち としやす)は、オウム真理教の元幹部。福島県出身。ホーリーネームプンナ・マンターニプッタ大阪支部長、ニューヨーク支部長などを歴任。1995年当時はオウム真理教モスクワ支部で活動していた。早川紀代秀林郁夫中田清秀満生均史などと並んで数少ない麻原より年上の幹部[1]。同宗教法人の責任役員であった[2]

福島県浜通り地方で生まれる。東京都内の鍼灸専門学校卒業後、鍼灸師となった。妹はオウム“新信徒庁長官”大内早苗

平家物語の盛者必衰・諸行無常の教えなどに強く影響を受け、精神世界古神道生長の家大本などに興味を持ち、多くの霊能力者にも会ったが、いずれも大したことがなく失望していた。そんな中1985年12月に麻原彰晃の書いた雑誌『ムー』のヒヒイロカネの記事をきっかけにオウム神仙の会(後のオウム真理教)を知り入信、神秘体験を経験する。「先生(麻原)に大恋愛をしてしまった。好きで好きでしょうがなくなってしまった」という[3]。オウム神仙の会最初の男性信者として、早川紀代秀井上嘉浩村井秀夫らを出家させる[4]。1986年10月2日に出家。出家番号は8。

1990年第39回衆議院議員総選挙には真理党候補として旧埼玉3区から出馬し、落選した。同年、国土法違反事件で逮捕され(不起訴処分)、留置中に正悟師に昇格[3]

1993年9月にロシアに派遣され、モスクワ支部の立ち上げに尽力した。モスクワ支部では、我の強い上祐史浩とは仲が悪かった[5]。なお、この直前に「オウムの癌である」と麻原に言われたという。

事件への関与

出典

関連事件

Related Articles

Wikiwand AI