外崎清隆

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誕生 1963-1964年
日本の旗 日本青森県
ホーリーネーム ローマサカンギヤ
教団での役職 自治省次官
オウム真理教徒
外崎 清隆
誕生 1963-1964年
日本の旗 日本青森県
ホーリーネーム ローマサカンギヤ
ステージ
教団での役職 自治省次官
入信 1986年
関係した事件 地下鉄サリン事件
判決 無期懲役(上告棄却)
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外崎 清隆(とのざき きよたか)は、オウム真理教の信者。青森県板柳町出身。ホーリーネームローマサカンギヤ省庁制が採用された後は、「建設省」を経て「自治省次官」となった。

実家は青森県内の農家で、経済的に苦しい中新聞配達などで家計を支えた。幼少期に神秘体験をしたが、その後は精神的空間を埋めるものはなかった。学歴もコネもなく、友人も笑いもない青年期を過ごしたという[1]。県立高校を1982年に卒業後上京し、ガソリンスタンド店員や町工場工員、運送会社のアルバイトなどをしていた。他に今別町の接骨院でも数年勤務していた。

入信・出家

1985年9月に雑誌「ムー」でオウム神仙の会を知る。1986年11月にオウム神仙の会に入信し、1987年8月に出家。出家後は教団の出版物の販売活動、サリン原材料を土谷正実の化学実験棟「クシティガルバ棟」に搬入する作業などに関わったのち、省庁制導入後は「建設省」を経て「自治省」に所属。同省次官となって、麻原彰晃及び家族の身辺警護、専用車運転手を務めた。ロシアでの射撃ツアー、大型ヘリコプターの操縦練習、軍事訓練などに参加した。ロシアから帰国後に菩師に昇格した[2]

事件との関わり

1995年3月20日地下鉄サリン事件の散布役であった横山真人の送迎を担当。詳細を知らないまま最後の謀議に加わったが、サリンの毒性も散布計画も理解しておらず「自分よりステージの高い横山の言うことを聞いていれば良い」程度の認識で「空腹だから後で何を食べよう」という気持ちで頭がいっぱいだったという。謀議の後、カルビ弁当を買いに行ったが、その弁当は新実智光に取られ、腹が立ったという[3]。実行当日、緊張していた横山に「サラリーマン風にオロナミンCでも飲んだら」といって励ましたが、待機中はスポーツ新聞の競馬欄を見るなど、緊張感のない態度であった[2]4月7日林郁夫松本剛らの逃走を幇助するため石川県内にいたところを石川県警察逮捕される。

裁判

脚注

関連項目

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