天吉

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本社所在地 日本の旗 日本
231-0017
神奈川県横浜市中区港町2丁目9番地
北緯35度26分40秒 東経139度38分10.4秒 / 北緯35.44444度 東経139.636222度 / 35.44444; 139.636222座標: 北緯35度26分40秒 東経139度38分10.4秒 / 北緯35.44444度 東経139.636222度 / 35.44444; 139.636222
有限会社天吉
港町に所在した当時の店舗外観。2019年撮影
種類 特例有限会社
本社所在地 日本の旗 日本
231-0017
神奈川県横浜市中区港町2丁目9番地
北緯35度26分40秒 東経139度38分10.4秒 / 北緯35.44444度 東経139.636222度 / 35.44444; 139.636222座標: 北緯35度26分40秒 東経139度38分10.4秒 / 北緯35.44444度 東経139.636222度 / 35.44444; 139.636222
業種 小売業
法人番号 6020002043873
事業内容 天ぷら店
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天吉(てんきち)は、神奈川県横浜市中区関内駅近くにある天ぷら店である。サザンオールスターズ原由子の実家としても知られる[1]

1872年明治5年)創業。創業者の原庄蔵は川崎武蔵小杉出身で、江戸時代末期から明治の初めにかけては屋台で営業していた[2]。横浜への進出当初は関内住吉町を拠点に営業を始め、後に真金町遊郭に近い山田町に移った。当時は天ぷらではなく、アナゴコハダを揚げた料理を提供した。2代目の元吉は当時流行した正ちゃん帽をかぶり、交番の前では警官に敬礼をするなどユーモアあふれるジェスチャーを行って「天吉」の名を広く知らしめた。3代目の源蔵も、女性もののかつらをつけて店内で天ぷらを揚げ、その扮装のまま街中を歩くなど、ユーモアを受け継いだ[3]

3代目の源蔵の代に、賑町(現在の伊勢佐木町4丁目)で関東大震災に遭う。第二次世界大戦の戦前から戦中にかけては横須賀海軍武官府指定食堂として営業した。1945年には戦争で被災したが、翌1946年にはバラックで営業を再開した。1956年12月10日には現在地の港町2丁目に店を構えた[1][4]。原由子によると、現在地への進出は自身の誕生日(1956年12月11日[5])の前日に行われており、1998年の著書『娘心にブルースを』では「みんなが大忙しのさなか、どさくさにまぎれて私が生まれた」と述懐している[4]。1956年に現在地に進出した当初は周辺は焼け野原であったが、近接地に1959年横浜市庁舎が完成[注釈 1]し、1964年には根岸線関内駅が開業して周辺が発展していった[6]。港町の店舗は2005年前後に建て替えられたものであるが[1]関内駅前港町地区の再開発計画のため2026年1月末で一旦営業を終了。同年5月中を目処に長者町6丁目への移転を予定している[7][8]

特徴

店舗は関内桜通りに面した1店のみで、多店舗展開は行わない方針である[1]

看板メニューの「濱天丼」には紋甲イカシロギス小柱芝海老の入ったやや小ぶりのかき揚げとシシトウが乗っている[2]。三代目の源蔵が考案したかき揚げは貝柱・シバエビ・三つ葉が入っており、五代目に代替わりした現在でも提供している。揚げ油は、ごま油ピーナッツオイルをブレンドしたものを使用している[1]。魚介類は、かつては本牧の海で獲れたものを使用していたが、のちに築地市場での仕入れに切り替えられた[6]

五代目の茂男は、食文化を通じた生活習慣病予防啓発活動に協力したことにより、2017年に横浜市から表彰を受けた[9]

脚注

参考文献

外部リンク

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