吉沢清次郎
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長野県東筑摩郡松本町(現松本市)生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、第一高等学校を経て、東京帝国大学法科大学経済学科(現・経済学部)を卒業後、1917年(大正6年)外務省に入省。1937年(昭和12年)からアメリカ局長、1940年(昭和15年)からカナダ特命全権公使に任じられた。1948年(昭和23年)外務次官に就任、同年に退任、同じく1948年(昭和23年)世界経済調査会理事長、1955年(昭和30年)インド特命全権大使となる。1956年(昭和31年)にはネパールとの外交関係樹立に伴いネパール大使を兼任。 1958年(昭和33年)に帰国した際には、昭和天皇にインドの事情について進講を行った[1]。 その後は原子力委員会参与、日加協会会長などを歴任した。
著作
- 『ラジェンドラ・プラサド インド共和国初代大統領』新樹社、1958年。著作
- ディーン・アチソン『アチソン回顧録』全2巻、恒文社、1979年。訳書
- 『現代史を語る5 吉沢清次郎 内政史研究会談話速記録』渡辺昭夫監修、現代史料出版、2008年