宮崎勇
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佐賀県出身。旧制佐賀高等学校を経て1947年東京帝国大学経済学部卒業。東大在学中に学徒動員を経験[3]。東大卒業後の1947年、経済安定本部(後の経済企画庁)に入り、調査局調査官、調整局参事、1972年調査局局長、1976年総合計画局局長などを歴任後、1979年 経済企画事務次官に就任。この間、1967年~1969年経済白書を執筆。
1980年に退官後は、1982年から大和証券経済研究所代表取締役理事長を務め、民間エコノミストとして活動。1984年「陽はまた昇る-経済力の活用と国際的な貢献」(『中央公論』1983年7月号)で、石橋湛山賞を受賞。1995年8月から翌年の1月まで村山改造内閣の経済企画庁長官を務めた。1998年、勲一等瑞宝章受章[4]。
一方では故郷である佐賀への思いも強く、「吉野ヶ里大使」や佐賀県総合開発審議会顧問を務めるなどして佐賀県発展の為に心を配っていたことでも知られた[5]。