額賀福志郎

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生年月日 (1944-01-11) 1944年1月11日(82歳)
出生地 日本の旗 日本 茨城県行方郡小高村(現:行方市小高)
額賀 福志郎
ぬかが ふくしろう
2025年12月22日、内閣制度創始140周年記念式典にて
生年月日 (1944-01-11) 1944年1月11日(82歳)
出生地 日本の旗 日本 茨城県行方郡小高村(現:行方市小高)
出身校 早稲田大学第一政治経済学部卒業
前職 産業経済新聞社記者
所属政党 自由民主党茂木派→無派閥)[注 1]
称号 ポーランド共和国功労勲章星十字型章英語版
経済学士(早稲田大学・1968年
親族 父・額賀万寿夫(町議会議員)
サイン
公式サイト 額賀 福志郎 オフィシャルサイト
日本の旗 第79-80代 衆議院議長
在任期間 2023年10月20日[2] - 2026年1月23日
天皇 今上天皇(徳仁)
日本の旗 第7-8代 財務大臣
内閣 第1次安倍改造内閣
福田康夫内閣
在任期間 2007年8月27日 - 2008年8月2日
日本の旗 第60・71代 防衛庁長官
内閣 小渕内閣
第3次小泉改造内閣
在任期間 1998年7月30日 - 1998年11月20日
2005年10月31日 - 2006年9月26日
内閣 第2次森改造内閣
(中央省庁再編後)
在任期間 2001年1月6日 - 2001年1月23日
内閣 第2次森改造内閣
省庁再編前・再編後)
在任期間 2000年12月5日 - 2001年1月23日
その他の職歴
日本の旗 第58代 経済企画庁長官
(第2次森改造内閣(中央省庁再編前))
(2000年12月5日 - 2001年1月6日)
日本の旗 内閣官房副長官(政務担当)
第2次橋本改造内閣
1997年9月11日 - 1998年7月30日
小渕第2次改造内閣第1次森内閣
1999年10月5日 - 2000年7月4日
日本の旗 衆議院議員
旧茨城1区→)
茨城2区→)
比例北関東ブロック→)
茨城2区
当選回数 15回
1983年12月18日 - 現職)
茨城県の旗 茨城県議会議員
行方郡選挙区
当選回数 2回
1978年12月 - 1983年12月)
第45代 自由民主党政務調査会長
総裁:小泉純一郎
2003年9月21日 - 2004年9月27日
自由民主党幹事長代理
総裁:小泉純一郎
2002年10月 - 2003年9月21日)
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額賀 福志郎(ぬかが ふくしろう、本来の表記:志郎1944年昭和19年〉1月11日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(15期)。

衆議院議長(第79・80代)[2]防衛庁長官(第6072代)、経済企画庁長官(第58代)、経済財政政策担当大臣初代)、財務大臣(第78代)、自由民主党政務調査会長(第45代)、自由民主党政務調査会総合エネルギー戦略調査会長、内閣官房副長官第2次橋本改造内閣小渕第2次改造内閣第1次森内閣)、平成研究会会長、自民党たばこ議員連盟顧問、日韓議員連盟会長、 自民党・財政健全化推進本部長 を歴任。

生い立ち

茨城県行方郡小高村(現:行方市小高)生まれ。父・額賀万寿夫は地元の森林組合長や小高村議会・麻生町議会議員を務め、橋本登美三郎後援会・西湖会の幹部でもあった。

佼成学園高等学校早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業。佼成学園高等学校への進学は、立正佼成会の信徒であった額賀の母の希望だったといわれる。

早大在学中は雄弁会に所属。卒業後は産業経済新聞社に入社し、記者として静岡支社、本社経済部、政治部に配属される。政治部では三木武夫木曜クラブ番記者であった。

政治家として

内閣広報室より公表された肖像(1997年撮影)
1998年9月21日ペンタゴンにてアメリカ合衆国国防長官ウィリアム・コーエン(右)と
2006年1月17日、ペンタゴンにて
2006年5月3日、ペンタゴンにてアメリカ合衆国国防長官ドナルド・ラムズフェルド(右)と
2008年4月11日先進7か国財務相・中央銀行総裁会議にて

1978年(昭和53年)、産経新聞社を退社。同年12月、茨城県議会議員選挙に地元・行方郡選挙区から出馬し、初当選する。出馬に際しては父も後援会幹部だった橋本の支援を受けた。

1983年(昭和58年)、前回の選挙で落選した橋本の地盤を引き継ぎ、第37回衆議院議員総選挙旧茨城1区から出馬。この時は自由民主党の公認を得られず無所属で出馬したが、党茨城県連の推薦を受けて4位で初当選し、追加公認を受けた。当選後はかつて番記者を務めていた田中派に所属するが、竹下登が派を割る形で創政会を結成した際はいち早く竹下の下に馳せ参じた。

1997年(平成9年)、第2次橋本改造内閣内閣官房副長官に起用される。

1998年(平成10年)、小渕内閣防衛庁長官に任命され初入閣するが、防衛庁調達実施本部背任事件をめぐって同年10月16日参議院で額賀に対する問責決議案が可決され(当時自民党は参院で単独過半数を占めていなかったため)、11月に防衛庁長官を辞任に追い込まれた。なお、このスキャンダルをめぐり多くの防衛庁幹部が引責辞任したため、額賀は当時防衛施設庁施設部長だった守屋武昌を、防衛庁長官官房長に抜擢している。

1999年(平成11年)、小渕再改造内閣で再度官房副長官に就任。

2000年(平成12年)、第2次森改造内閣で経済企画庁長官に任命され、2度目の入閣。

2001年(平成13年)1月の省庁再編により、初代経済財政政策担当大臣に就任する。しかしKSD事件をめぐり、KSDから1500万円の献金を受領していたため、2度目の閣僚辞任を余儀なくされる。

2001年、小泉純一郎自由民主党総裁に就任すると、小泉によって「抵抗勢力」の代表格とされた橋本派は厳しい立場に追い込まれるが、額賀自身は2003年(平成15年)に自由民主党政務調査会長に起用されている。政調会長時代には、自民党政権の聖域であった税制調査会の改革に踏み切り、長老クラスの税調メンバー(インナー)による非公式幹部会の廃止を要請したが、すぐに事実上の復活をしたため掛け声倒れに終わったと評された。

2005年(平成17年)には第3次小泉改造内閣で再度防衛庁長官に任命される。この間、派内のライバルであった鈴木宗男が汚職で、藤井孝男郵政民営化法案採決での造反により離党したため、橋本派を引き継いだ津島派で唯一、総裁候補に目される存在になった。2005年(平成17年)10月31日 から2006年(平成18年)9月26日まで防衛庁長官を務めた。防衛庁長官在任中の2006年(平成18年)春に普天間基地移設問題についてキャンプ・シュワブ沿岸部V字滑走路建設案を名護市長と合意した。

防衛庁長官在任中の2006年1月30日に防衛施設庁談合事件、退任のちの2007年10月19日に山田洋行事件が発覚し、ポスト小泉をめぐる2006年自由民主党総裁選挙への出馬にも意欲を見せていたが、久間章生らの反対により立候補を見送った。

2007年(平成19年)、安倍改造内閣財務大臣に任命される。額賀は経済企画庁長官や経済財政政策担当大臣を務めた経験があるが、財務省にはあまり縁がなかったため、額賀の財務相起用は財務省からもやや意外性をもって受け止められた。しかし、安倍は内閣改造後間もなく突然辞意を表明し、額賀は「私は先頭に立つつもりです」と、安倍の後継総裁を選出する2007年自由民主党総裁選挙への出馬を示唆した。

ところが福田康夫の出馬が伝えられると、津島派の石破茂船田元は福田を支持、また鳩山邦夫久間章生は同じく出馬を表明していた麻生太郎幹事長への支持を表明したため、額賀自身は福田と政策協定を結ぶ形で出馬を断念した。福田康夫内閣でも財務大臣に再任され、翌年の内閣改造に伴い退任。福田康夫首相の辞任に伴う2008年自由民主党総裁選挙では、津島派から石破が出馬する一方、前参議院議員会長の青木幹雄与謝野馨を支持した。

2009年(平成21年)8月の第45回衆議院議員総選挙では、当初は茨城2区民主党候補者の選定が遅れたため額賀の優勢が伝えられていたが、民主党新人の石津政雄に敗れ、重複立候補していた比例北関東ブロックで復活して9選。なお額賀が小選挙区で落選(比例復活)したのはこの選挙が初めてである。選挙後、引退を表明した津島雄二の後任として津島派の会長に指名され[3]、この決定が9日の津島派臨時総会で了承され[4]、会長に就任。

2012年(平成24年)の第46回衆議院議員総選挙では小選挙区で返り咲き10選。なお、当選時点での自民党の各派閥会長では病気の身であった町村信孝(後に75代衆議院議長)を除けば唯一、閣僚・議長・党三役のいずれにも就いていない。

2014年(平成26年)12月の第47回衆議院議員総選挙で11選、続く2017年(平成29年)10月の第48回衆議院議員総選挙でも12選を果たしている。

2018年(平成30年)4月19日、額賀派の会長を退任し最高顧問に就任[5]。指導力を疑問視した参院額賀派の議員21人から退任を迫られていた[6]

2019年(平成31年)2月13日、関係が悪化しつつある日韓関係改善を模索するために訪韓。李洛淵首相、姜昌一日韓議員連盟会長らと徴用工問題文喜相国会議長の天皇への謝罪を求める発言について会談を行った[7]

2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙で13選。

2023年10月20日、第212臨時国会召集日に於いて、健康不安のために退任した細田博之の後任として、第79代衆議院議長に選任された[8]。当日選任直後の15時より催された国会開会式で式辞を述べた額賀は、そのまま演台から下がり天皇からおことばを賜るという本来の段取りを間違え、壇上に上り玉座前に進み出て天皇に自らの式辞を献上してしまった。この行動について額賀は、その後に開かれた就任記者会見で「若干ミスがあった」と認め「緊張した結果で反省している」と釈明した上で「今後、議事進行や行事にしっかり対応できるよう努力する」と語った[9][10]。額賀は開会式後に皇居を訪れて西村泰彦宮内庁長官に陳謝した[11]

2024年10月27日、第50回衆議院議員総選挙で14選[12]。11月11日、第215特別国会にて衆議院議長に再選[13]

2026年2月8日、第51回衆議院議員総選挙で15選[14]

政策・主張

2006年5月3日ペンタゴンにてアメリカ合衆国国防長官ドナルド・ラムズフェルド(左)らと

人物

1998年9月21日ペンタゴンにてアメリカ合衆国国防長官ウィリアム・コーエン(右)と

不祥事・騒動

山田洋行事件
守屋武昌防衛事務次官が防衛省を納入先とする軍需商社山田洋行宮﨑元伸元専務から倫理規定に反してゴルフや飲食の接待を受けていた問題で、2007年(平成19年)10月29日の衆議院に続き、11月15日の参議院外交防衛委員会での証人喚問に応じた守屋が、自身が宮﨑から料亭で接待を受けた際、額賀と久間章生防衛大臣が同席していた、と主張した(山田洋行事件)。額賀は、守屋の証人喚問当日の午後、財務省内で記者団の質問に応え、「記憶にない」とした上、これまでも、10月30日の大臣記者会見や、11月7日の衆議院テロ防止・イラク支援特別委員会での民主党・川内博史衆議院議員の質問[21]に対しても、宮﨑側から接待や招待を受けたことはないと証言しており、守屋の主張と食い違う結果となっている。なお、2008年(平成20年)1月、守屋は証人喚問での証言に偽証があったとして国会から偽証罪として告発されている。一方、額賀は2002年(平成14年)から2006年(平成18年)の間に山田洋行にパーティー券約220万円分を購入してもらったことを明らかにした。これらの証言を受け、民主党は、追及を強めたが、額賀は同席を否定。野党11月27日に、参議院財政金融委員会において、12月3日の外交防衛委員会での額賀の証人喚問を決定したが、その後、守屋が東京地検逮捕され、証人喚問は見送られた。
事務所登記問題
額賀が代表を務める自民党支部が、茨城県行方市の事務所を1997年(平成9年)11月に新築したものの登記せずに使用したとていたと指摘された[22]。なお、当支部は、政治資金収支報告書上には事務所の建物をきちんと記入しており、また、業者が登記を怠っていたが固定資産税は支払っていた、としている[22]
統一教会との関係
統一教会の関連団体「国際勝共連合」は1986年と90年の機関紙「思想新聞」で、反共の運動に同調する「勝共推進議員」の名簿を掲載した[23]。その中に額賀福志郎の名があった[23]

選挙歴

当落選挙執行日年齢選挙区政党得票数得票率定数得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
1978年茨城県議会議員選挙 1978年12月 34 行方郡選挙区 ーー ーー ーー ー/ー  
1982年茨城県議会議員選挙 1982年12月 38 行方郡選挙区 ーー ーー ーー ー/ー  
第37回衆議院議員総選挙 1983年12月18日 39 旧茨城県第1区 無所属 7万5799票 15.84% 4 4/9  
第38回衆議院議員総選挙 1986年7月6日 42 旧茨城県第1区 自由民主党 11万1933票 21.24% 4 2/7  
第39回衆議院議員総選挙 1990年2月18日 46 旧茨城県第1区 自由民主党 10万6885票 18.77% 4 3/7  
第40回衆議院議員総選挙 1993年7月18日 49 旧茨城県第1区 自由民主党 11万1912票 20.72% 4 2/6  
第41回衆議院議員総選挙 1996年10月20日 52 茨城県第2区 自由民主党 10万9139票 61.90% 1 3  
第42回衆議院議員総選挙 2000年6月25日 56 茨城県第2区 自由民主党 13万5296票 67.20% 1 3  
第43回衆議院議員総選挙 2003年11月9日 59 茨城県第2区 自由民主党 12万7364票 66.53% 1 3  
第44回衆議院議員総選挙 2005年9月11日 61 茨城県第2区 自由民主党 13万8728票 64.75% 1 3  
比当 第45回衆議院議員総選挙 2009年8月30日 65 茨城県第2区 自由民主党 11万1674票 47.88% 1 2/3 2/6
第46回衆議院議員総選挙 2012年12月16日 68 茨城県第2区 自由民主党 11万3891票 56.28% 1 3  
第47回衆議院議員総選挙 2014年12月14日 70 茨城県第2区 自由民主党 14万2238票 76.66% 1 2  
第48回衆議院議員総選挙 2017年10月22日 73 茨城県第2区 自由民主党 10万4183票 59.21% 1 3  
第49回衆議院議員総選挙 2021年10月31日 77 茨城県第2区 自由民主党 11万0831票 64.46% 1 2  
第50回衆議院議員総選挙 2024年10月27日 80 茨城県第2区 自由民主党 8万0875票 59.05% 1 4  
第51回衆議院議員総選挙 2026年2月8日 82 茨城県第2区 自由民主党 7万4491票 54.15% 1 4  

栄典

所属団体・議員連盟

政治資金

著書

  • 『大都市再生の戦略―政・産・官・学の共同声明』 ISBN 4-657-00522-7
  • 『地方都市再生の戦略―政・産・官・学の共同声明』 ISBN 4-657-01928-7

脚注

関連項目

外部リンク

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