宮戸川 (茨城県)
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
中流域の小堤・関戸・下大野には、後述の通り古刹・遺跡が多く、さらに鎌倉街道(中道)が平行して縦断したともされている。小堤の円満寺に残された法具(五鈷鈴・三鈷杵)や関戸の宝塔は、かつてこの地域・下河辺荘野方を支配した下河辺氏との関係が指摘されている。下河辺氏は平安末期に下野小山氏から分立し、下総(茨城県西部・千葉県北部)に進出した一族である。下河辺氏(下河辺行義か)は、小山市域から宮戸川に沿って、この地域に進出したと考えられる。下河辺行平が古河城の地に居館を設ける前に、当地域は下河辺氏の拠点であった。宮戸川は、小山氏の居館があったと推定される中世小山・神鳥谷と、当地域を結ぶ河川でもあった。[5] [6] [7]
下流域は、かつて長井戸沼となっていたが、現在は干拓され、水田になっている。この沼を経由して、利根川(旧常陸川)に接続していた[1]。


