蝉堰

From Wikipedia, the free encyclopedia

蝉堰(せみぜき)[1]は、宮城県北部の大崎地方加美郡加美町にある農業用水道である。

鳴瀬川に取水部を構え、隧道(トンネル)による導水部分約1kmとそれ以外の開水路約7kmからなり、大崎平野を潤して土手川に注ぐ[1][2]

蝉堰の開削は17世紀中ごろで、大崎周辺を治めていた石母田氏の指示により、万治3年(1660年)から約10年をかけ、海老田新蔵人良安を現場責任者とし、桧野二郎右衛門(肝入)・佐藤惣兵衛(検断)らによって造られた[1]

当時まだ開発が進んでいなかった大崎平野は、鳴瀬川から標高60メートルの大地「台の原」を越したこの水道により新田開発が進み、永頼時代には6,500石となる石母田氏の知行高のうち、約40%を宮崎村と隣村で生産するまでになった。

人柱

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI