小松川 (江戸川区)

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小松川
町丁
荒川・中川の中州から見た小松川一丁目の高層住宅群
北緯35度41分39秒 東経139度51分02秒 / 北緯35.694183度 東経139.850514度 / 35.694183; 139.850514
日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京都
特別区 江戸川区
地域 小松川地域
人口情報2025年(令和7年)1月1日現在[1]
 人口 15,870 人
 世帯数 7,446 世帯
面積[2]
  1.603201677 km²
人口密度 9898.94 人/km²
郵便番号 132-0034[3]
市外局番 03(東京MA[4]
ナンバープレート 江戸川
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 東京都
プロジェクト 日本の町・字
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小松川(こまつがわ)は、東京都江戸川区町名。現行行政地名は小松川一丁目から小松川四丁目が設置されている。三丁目の一部と四丁目は住居表示未実施。

現在の町名「小松川」に「平井」を加えた荒川以西の地域は、江戸川区の行政上「小松川地域(小松川地区)」と呼ばれる[5]。「小松川」という地名は、古くはさらに広い範囲(現在の江戸川区中央部一帯)を指していた。野菜の「小松菜」の名は、江戸時代に(広域地名としての)小松川付近で栽培されていたことに由来する。本記事歴史節では「小松川」という地名の変遷についても述べる。

江戸川区北西部に位置し、荒川旧中川をもって同区本土から分離されている。町域は東・南・西を河川に囲まれ、北隣の平井の他に陸続きでは移動できない。町域南半は公園が多く立地している。北は平井一・二丁目、東は荒川・中川を挟んで対岸に西小松川町東小松川三・四丁目および船堀一・二丁目、南は江東区東砂三丁目、西は旧中川を挟んで対岸に江東区大島と隣接している。

歴史

「小松川」の地名

「小松川」という地名は、もともとは現在の江戸川区中央部(小松川地域と松江地域に含まれる)の広い領域を指しており、現在の行政町名「小松川」はその南西縁部にあたる。近世の東西小松川村の鎮守社である東小松川香取神社新小岩香取神社は、現在の江戸川区松江地域(中央四丁目)に所在する。

「小松川」という地名は小松川という河川の名に由来する[6]。この川は小松村(現在の葛飾区新小岩付近)に水源があったことからそう呼ばれる川で[6]、現在の松江地域を南流し、現在の町名「小松川」の南端付近で中川(現在では旧中川と呼ばれる)に注いでいた(松江地域の小松川旧河道は小松川境川親水公園として整備されている)。中世にはこの川の周辺の地名として「東小松川村」「西小松川村」の名があらわれる(小松川は両村の境界であったため「小松川境川」とも呼ぶ)。

1889年(明治22年)に町村制が施行されると、南葛飾郡逆井村・西小松川村・東小松川村の領域が組み替えられ、小松川村松江村船堀村が発足した(松江村の名は「小松川」と「一ノ江」から一字ずつ採ったもの。のち松江町)。このため3村にそれぞれ「西小松川」「東小松川」の大字があった。

1913年(大正2年)に着工された荒川放水路開削工事は、地域に大きな影響を与えた。平井村・小松川村・船堀村は村域が放水路によって分断されたことから1914年(大正3年)に廃止され、町村が再編成された。この際、旧小松川村の放水路以西、および旧平井村の放水路以南を領域として、新たに小松川町が発足した。現在の江戸川区の「小松川地域」はおおむねこの小松川町の町域で、そのうちの旧小松川村の領域(大部分は町村制以前の西小松川村の南西部)がおおむね現在の「小松川」にあたる。

なお、旧小松川村の領域の広い部分を占めていた放水路以東は松江村に編入された。放水路以東に現在もある東小松川西小松川町の町名は、松江村に編入された旧小松川村(あるいは、町村制以前の東小松川村・西小松川村)の一部であった名残りである[注釈 1]

1932年(昭和7年)に南葛飾郡全域が東京市に編入され、旧小松川町の領域は江戸川区の一部となった。

現在の「小松川」

リバーウェスト商店街(小松川三丁目)

1932年昭和7年)、東京市江戸川区に小松川一丁目から四丁目が成立した。

1936年(昭和11年)、小松川神社が創建された。小松川(かつての西小松川村)の住民は、鎮守である新小岩香取神社や西小松川天祖神社(現在の西小松町)への参拝路が放水路によって隔てられたため、両社よりの勧請を受けたものである。

1945年(昭和20年)3月10日東京大空襲を受ける。江戸川区内では小松川一帯の被害が特に大きく、ほぼ焼失した[7]

当地区では1988年(昭和63年)以降、順次住居表示が実施され、実施前と実施後では丁目の境が変更されている。1988年(昭和63年)、現一丁目の大部分において住居表示が実施された。1993年平成5年)、現二丁目の一部において住居表示が実施された。1996年(平成8年)、現一丁目の残余、現二丁目の残余、現三丁目の大部分において住居表示が実施された。三丁目の一部(京葉道路以北)と四丁目は住居表示未実施である。

ゼロメートル地帯の中心部であるが、市街地再開発事業(亀戸・大島・小松川地区市街地再開発事業)と合わせた高規格堤防事業で嵩上げが行われたため、周囲より高台となっている。この事業は1990年(平成2年)から始まり、2014年(平成26年)度に事業が完了した。

世帯数と人口

2025年(令和7年)1月1日現在(江戸川区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目世帯数人口
小松川一丁目 2,564世帯 5,144人
小松川二丁目 2,105世帯 4,501人
小松川三丁目 2,075世帯 4,913人
小松川四丁目 702世帯 1,312人
7,446世帯 15,870人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[8]
7,976
2000年(平成12年)[9]
11,183
2005年(平成17年)[10]
14,502
2010年(平成22年)[11]
16,334
2015年(平成27年)[12]
16,223
2020年(令和2年)[13]
15,757

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[8]
2,965
2000年(平成12年)[9]
4,179
2005年(平成17年)[10]
5,524
2010年(平成22年)[11]
6,410
2015年(平成27年)[12]
6,551
2020年(令和2年)[13]
6,772

学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(令和5年度より)[14]。なお、江戸川区では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能。[15][16]

丁目番地小学校中学校
小松川一丁目全域江戸川区立小松川第二小学校江戸川区立小松川第二中学校
小松川二丁目全域
小松川三丁目1〜13番(地)
73番(地)以降江戸川区立小松川小学校
小松川四丁目全域

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[17]

丁目事業所数従業員数
小松川一丁目 40事業所 327人
小松川二丁目 35事業所 225人
小松川三丁目 115事業所 1,111人
小松川四丁目 47事業所 293人
237事業所 1,956人

事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[18]
215
2021年(令和3年)[17]
237

従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[18]
1,594
2021年(令和3年)[17]
1,956

交通

鉄道

バス

すべて都営バスの路線である。

道路・橋梁

道路
橋梁
  • 中川新橋
  • 逆井橋
  • 虹の大橋
  • もみじ大橋
  • さくら大橋
  • 船堀橋
  • 中川大橋
  • 平成橋
  • 小松川大橋
  • 荒川大橋
  • 船堀橋

施設

その他・備考

脚注

関連項目

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