荒川大橋

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右岸上流側より望む荒川大橋。
国道407号標識
国道407号標識

荒川大橋(あらかわおおはし)・新荒川大橋(しんあらかわおおはし)は、埼玉県熊谷市河原町1丁目・榎町境界と同市村岡の間に架かり、荒川を渡る国道407号の密接する2本の道路。全長846 m。下り線(熊谷市街地方面)が1969年竣工の荒川大橋、上り線(東松山市方面)が1980年竣工の新荒川大橋となっている。

初代荒川大橋(1912年頃)
  • 1909年明治42年) - 橋(木造)が架かる[1]。それまでは村岡の渡しであった。
  • 1914年大正3年) - 洪水が発生し、一部が流出する。
  • 1917年(大正6年) - 流出した部分をプラットトラス形式で修復[2]
  • 1921年(大正10年) - 残存していた木造部が流出する。
  • 1925年(大正14年) - 1921年に流出した部分をプラットトラス形式で修復[3]。橋脚を除き、1909年当時の橋ではなくなる。
  • 1954年昭和29年) - 荒川が改修され、川幅が広くなったことに伴い、橋をコンクリートで延長。
  • 1963年(昭和38年) - 橋を架け替え。
  • 1969年(昭和44年) - 川上側に現在の荒川大橋竣工、それまでの荒川大橋と共用する[4][5]
  • 1980年(昭和55年) - 荒川大橋の間に新荒川大橋[5]竣工。それまでの荒川大橋は役目を終え、撤去される。なお、村岡側の新荒川大橋の導入部の脇にあるポケットパーク「荒川大橋トラス広場」にモニュメントとして一部保存されている[6]

周辺

この橋の付近2 km程の区間の河原町側の堤防は、熊谷桜堤と呼ばれ、日本さくら名所100選に選ばれた並木が広がり、毎年3月下旬から4月上旬にかけて熊谷さくら祭が開催され、花見客で賑わう。また、この橋の下流寄りでは、毎年8月に熊谷花火大会が開催され、村岡側の河川敷より上がる花火の観覧客で河原町側が賑わう。この橋の歩道も多くの観覧客で埋め尽くされる。

この橋を国際十王交通によるJR上越新幹線高崎線秩父鉄道秩父本線熊谷駅東武東上線東松山駅森林公園駅小川町駅を結ぶ路線バスが走っており、河原町・榎町側の橋の導入部に榎町停留所が、村岡側の橋の導入部に大橋南停留所が設置されている。また、熊谷駅から徒歩10分程度である。

同じ川に架かる別の荒川大橋・新荒川大橋

  • 1927年に55キロ程下流[7]に独立した別の新荒川大橋国道122号の橋として既に造られていて、その「新荒川大橋」は国道122号の橋の名称として定着しているため、こちらの橋は普段、上下線あわせて荒川大橋と呼ばれている。さらに、国道122号の橋を経由する国際興業バスにおける主要経由地名として「新」を省略した「荒川大橋」が使用されているため、「荒川大橋」は双方の橋を指す場合がある。
  • また、荒川大橋竣工の1年後(1970年)に、国道122号の橋のさらに17キロ程下流[7]の位置に別の荒川大橋首都高速7号小松川線)が斜張橋として新たに造られている[8]

その他

  • 荒川大橋は埼玉県のぐるっと埼玉サイクルネットワーク構想に基づき策定された「自転車みどころスポットを巡るルート」の「熊谷桜堤周遊ルート」の経路に指定されている[9]

風景

近隣の橋

(上流) - 押切橋 - 熊谷大橋 - 荒川大橋 - 久下橋 - 大芦橋 - (下流)

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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