山本康裕

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愛称 コースケ
カタカナ ヤマモト コウスケ
ラテン文字 YAMAMOTO Kosuke 
国籍 日本の旗 日本
山本 康裕
名前
愛称 コースケ
カタカナ ヤマモト コウスケ
ラテン文字 YAMAMOTO Kosuke 
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-10-29) 1989年10月29日(36歳)
出身地 静岡県浜松市
身長 179cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 松本山雅FC
ポジション MF
背番号 15
利き足 右足
ユース
2005-2007 ジュビロ磐田 U18
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2023 ジュビロ磐田 335 (19)
2014-2015 アルビレックス新潟 (loan) 53 (9)
2024- 松本山雅FC 37 (1)
代表歴
2007-2009 日本の旗 日本 U-19 6 (2)
2010 日本の旗 日本 U-22 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

山本 康裕(やまもと こうすけ、1989年10月29日 - )は、静岡県浜松市出身のプロサッカー選手Jリーグ松本山雅FC所属。ポジションはミッドフィールダー

ジュビロ磐田

父親は野球をしていたが、Jリーグが開幕した頃だったことから身近だったサッカーを始める。中学時からジュビロ磐田の育成部門に所属し、高校2年生時でトップチームにデビュー。16歳と11ヶ月24日でのトップチーム出場は磐田史上最年少の出場記録であった(2023年4月に川合徳孟が更新)。プロ初出場の大分戦、2試合目となったFC東京戦はどちらも一人少ない状況での途中出場であったが、トップの選手たちに劣らない落ち着いたプレーを披露するなど、強心臓ぶりを遺憾なく発揮した。その際は松下幸平愛媛FCにレンタル移籍していたため空き番になっていた24番をつけていたが、2007年はキャンプの時点で背番号32が与えられ、シーズン当初からトップチームの一員となった。

2007シーズンの時点で、トップチームでも既に戦力として、また同年よりFC東京へ移籍した福西崇史や、自身の不祥事により解雇された菊地直哉の後継者として期待されていたが、本人は新3年生となる2007年の目標はあくまでもユース選手権での優勝と語り(彼はユースチームではキャプテンだった)実際プリンスリーグではユースチームに合流した。

2008年からはトップチームでプレー。本来のポジションであるボランチのほか、2008年には主に左の、2011年には右のサイドハーフとして起用され、2010年には駒野友一の負傷に伴うサイドバックでの出場もあった。

アルビレックス新潟

磐田がJ2へ降格した2014年、ペリクレス・シャムスカ体制下で出場機会が激減。同年6月16日、アルビレックス新潟へ期限付き移籍が決定し、発表翌日の17日にチームへ合流した[1]。背番号は磐田時代と同じ23番。スポーツ報知は磐田との契約を1年延長した上での期限付き移籍と報じている[2]。新潟では主に左右のサイドハーフとして起用され、W杯による中断再開後のJ1リーグ戦全20試合に先発出場、2得点を記録した[3]

当初の期限付き移籍期間は2015年1月31日までだったが、シーズン終了後に移籍期間を1年延長した[4][5]。2015年2月のスポーツニッポン紙上インタビューによれば、山本は2014年シーズン終了前の11月から新潟残留を望む旨を磐田へ伝えており、名波浩監督の後押しもあって移籍期間延長が実現したという[6]。当初磐田側は戦力として復帰を望んでおり、新潟退団を覚悟した山本はリーグ最終戦で涙を流していた[6][7]

2015年も主力として33試合7得点の活躍をした。7得点はFWのラファエル・シルバと並びチーム得点ランキング2位であった。

ジュビロ磐田復帰

2015年12月19日に、ジュビロ磐田へ復帰することが発表された[8]。2016年2月、J11stステージ第1節・名古屋グランパス戦で後半27分に太田吉彰と交代で復帰後初出場[9]

2017年4月30日、J1第9節・北海道コンサドーレ札幌戦で後半5分に負傷退場[10]。5月5日、浜松市内の医療機関にて「右膝前十字靭帯損傷、半月板損傷」と診断されたことが発表された[11]

2018年3月14日、ルヴァンカップGL第2節・札幌戦で後半13分に宮崎智彦と交代で怪我から復帰後初出場した[12]。3月18日、J1第4節・サンフレッチェ広島戦でリーグ戦復帰を果たした[13]。4月4日、ルヴァンカップGL第3節・ヴァンフォーレ甲府戦で後半9分に同点弾を挙げた[14] 。この得点が磐田復帰後の初得点となった[15]

2021年シーズンは、キャプテンとしてリーグ戦40試合に出場。チームのJ2優勝とJ1昇格に貢献した。

松本山雅FC

2023年12月28日、松本山雅FCへ完全移籍することが発表された[16]

人物・エピソード

  • 憧れの選手はかつて磐田の中心選手であった中山雅史、福西崇史。中山に関しては「とにかくゴールを決めていた中山(雅史)さんは、自分にとってヒーロー」と語り、福西に関しては「好機とみるや、すかさず前線に上がる判断能力にたけ、ボランチでありながら得点力もある、まさに理想的な選手」と語っている[17]。また、山本の背番号23番はかつて福西が磐田時代に着用していた。ユースチームでは2006年から山本が着用し、2008年のトップ昇格時に受け継いだ。
  • 2019年1月14日、2018年12月中旬に一般女性と結婚したことが発表された[18]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006磐田24J110000010
20073230300060
200823901000100
20092603020310
201030110031432
20112323020282
20122376021318
20132714123335
2014J210--10
新潟J12020000202
201533783004110
2016磐田2903030350
201750200070
20181505140241
20191626020242
2020J2411--411
2021405-10415
2022J12802010310
2023J21805110241
2024松本15J337120-391
通算日本J1 2882256521536532
日本J2 100651201077
日本J3 37120-391
総通算 4252963623550140
  • 2006年、2007年はジュビロ磐田ユース所属の2種登録選手。

その他の公式戦

タイトル

代表歴

出場大会

  • U-16日本代表 モンテギュー国際大会 (フランス)
  • U-16日本代表 豊田国際ユースサッカー大会
  • U-18日本代表 オーストラリアオリンピックフェスティバル SBSカップ国際ユースサッカー大会
  • U-19日本代表 カタールU-19国際親善トーナメント        
  • U-22日本代表 ロンドン五輪アジア最終予選
  • U-23日本代表

関連項目

脚注

外部リンク

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