岡田遺跡
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相模川の支流である目久尻川と小出川に挟まれた標高24メートルの相模野台地上に位置し、当時は遺跡南方の台地裾にあたる寒川駅周辺まで入江であった(縄文海進)。
1982年(昭和57年)に、県営住宅の建て替え工事に伴い発掘調査され、以降1989年(平成元年)まで延べ9回の調査が行われた。その結果、大型コンテナ約800箱分となる膨大な量の土器が出土し、調査範囲内だけでも600棟を超える竪穴建物跡が検出された。未調査区域を含めると推定1000棟から1500棟にのぼる竪穴建物跡が存在すると推定されており、日本列島最大級の縄文中期環状集落と推定された[2]。
弥生時代の竪穴建物や方形周溝墓なども検出されており、弥生時代に入っても集落が営まれていたと考えられている[2]。
現在、出土した土器や石器等の遺物は、寒川町文化財学習センター(寒川町立一之宮小学校内)か寒川神社の方徳資料館(神嶽山神苑内)で見ることができる。
出土遺物
釣手土器
3つの環状集落跡(a,b,c)から、計3点の釣手土器が出土した。
- a(またはb)集落跡:藤内(勝坂Ⅱ)式期〜曾利Ⅰ式期
- b集落跡:曾利Ⅲ式期以降
- c集落跡:曾利Ⅱ式期
特にa集落跡から出土した1点は、神奈川県内では3例、全国で58例と比較的出土数が少ない釣手土器であり、3面がほぼ同じ形をしている釣手土器は全国的に例が少なく希少性が高い。この釣手土器は寒川町指定重要文化財に指定され、寒川町文化財学習センターのキャラクターである「つりてくん」のモデルとなっている[3]。

