志布志線
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| 基本情報 | |||
| 現況 | 廃止 | ||
| 国 |
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| 起点 | 西都城駅 | ||
| 終点 | 志布志駅 | ||
| 駅数 | 10駅 | ||
| 停留場数 | 停留場 | ||
| 停留所数 | 停留所 | ||
| 開業 | 1923年1月14日 | ||
| 全通 | 1941年10月28日 | ||
| 廃止 | 1987年3月28日 | ||
| 所有者 | 鉄道省→運輸通信省→運輸省→日本国有鉄道 | ||
| 使用車両 | #使用車両を参照 | ||
| 路線諸元 | |||
| 路線距離 | 38.6 km | ||
| 軌間 | 1,067 mm (3 ft 6 in) | ||
| 線路数 | 単線 | ||
| 電化方式 | 全線非電化 | ||
| 閉塞方式 | タブレット閉塞式 | ||
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| 停車場・施設・接続路線 (廃止当時) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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志布志線(しぶしせん)は、かつて宮崎県都城市の西都城駅から鹿児島県曽於郡志布志町(現・志布志市)の志布志駅までを結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)である[1]。国鉄再建法の施行により第2次特定地方交通線に指定され、1987年(昭和62年)3月28日に全線廃止となった[1]。
歴史
都城から太平洋岸の志布志に向かい、軽便鉄道法により建設された鉄道路線で、1923年から1925年にかけて志布志までが開業した。1932年には、国都東・西線が連絡し、現在の日豊本線ルートが完成したのにともない、都城駅 - 西都城駅間が日豊本線に編入されている。
現在は日南線となっている北郷駅 - 志布志駅間についても当初は志布志線として開業した区間で、1963年の日南線南宮崎駅 - 北郷駅間開業にともない、同線に編入された。こちらは大隅線とともに、改正鉄道敷設法別表第126号に規定する予定線である。
年表
*は後の日南線の区間
- 1919年(大正8年)4月1日:宮崎建設事務所の所轄で実測を開始[3]。
- 1920年(大正9年)12月:最初の区間の工事に着手[4][5]。
- 1923年(大正12年)1月14日:都城駅 - 末吉駅間 (10.8 km) を志布志線として開業[1][4]。西都城駅・今町駅・末吉駅が開業。
- 1924年(大正13年)3月25日:末吉駅 - 大隅松山駅間 (13.3 km) を延伸開業[1][4]。岩川駅・大隅松山駅が開業。
- 1925年(大正14年)3月30日:大隅松山駅 - 志布志駅間 (17.0 km) を延伸開業[1][4]。縄瀬駅・安楽駅・志布志駅が開業。
- 1932年(昭和7年)12月6日:都城駅 - 西都城駅間 (2.5 km) を日豊本線に編入。
- 1934年(昭和9年)4月1日:岩北駅が開業。
- 1935年(昭和10年)4月15日:志布志駅 - 榎原駅間 (28.5 km)* を延伸開業、大隅夏井駅*・福島今町駅*・福島仲町駅*・日向北方駅*・日向大束駅*・榎原駅*が開業。
- 1936年(昭和11年)3月1日:榎原駅 - 大堂津駅間 (10.2 km)* を延伸開業。南郷駅*・大堂津駅*が開業。
- 1937年(昭和12年)4月19日:大堂津駅 - 油津駅間 (4.3 km)* を延伸開業。油津駅*が開業。
- 1941年(昭和16年)10月28日:油津駅 - 北郷駅間 (13.5 km)* を延伸開業し全通。油津駅 - 元油津駅間の貨物支線(1.0 km。実態は油津線起点付近の改軌新線)*が開業。吾田駅・飫肥駅*・内之田駅*・北郷駅*、(貨)元油津駅*が開業。
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)1月10日 福島高松仮乗降場*を駅に変更。
- 1952年(昭和27年)1月1日:吾田駅を日南駅*に改称。
- 1955年(昭和30年)2月1日:気動車列車の運行開始[7][8]。
- 1959年(昭和34年)10月1日:縄瀬駅を伊崎田駅に、福島仲町駅を串間駅*に改称。
- 1960年(昭和35年)
- 1963年(昭和38年)5月8日:志布志駅 - 北郷駅間 (56.5 km) を日南線に編入し、西都城駅 - 志布志駅間(38.6 km)が志布志線となる。
- 1966年(昭和41年)3月15日:準急「大隅」が急行列車へ昇格[8]。
- 1975年(昭和50年)1月20日:無煙化により蒸気機関車が廃止される[9]。
- 1983年(昭和58年)4月1日:全線 (38.6 km) の貨物営業を廃止。
- 1984年(昭和59年)6月22日:運輸大臣が第2次特定地方交通線として廃止承認[10]。
- 1987年(昭和62年)
運行形態
使用車両
駅一覧
接続路線の事業者名・駅の所在地は、志布志線廃止時点のもの。全普通列車が直通していた都城駅から記載する。営業キロは西都城駅からのもの。
- 路線名…日豊:日豊本線
- 停車駅
- 快速「大隅」…●は停車、|は通過
- 普通列車は全駅に停車。
| 路線名 | 駅名 | 営業キロ | 快速 | 接続路線 | 所在地 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 駅間 | 累計 | ||||||
| 日豊 | 都城駅 | - | 2.5 | 日本国有鉄道:吉都線 | 宮崎県都城市 | ||
| 西都城駅 | 2.5 | 0.0 | ● | 日本国有鉄道:日豊本線 | |||
| 志布志線 | |||||||
| 今町駅 | 4.3 | 4.3 | | | ||||
| 末吉駅 | 4.0 | 8.3 | ● | 鹿児島県 | 曽於郡末吉町(現・曽於市) | ||
| 岩北駅 | 6.1 | 14.4 | | | ||||
| 岩川駅 | 2.8 | 17.2 | ● | 曽於郡大隅町(現・曽於市) | |||
| 大隅松山駅 | 4.4 | 21.6 | ● | 曽於郡松山町(現・志布志市) | |||
| 伊崎田駅 | 4.8 | 26.4 | ● | 曽於郡有明町(現・志布志市) | |||
| 安楽駅 | 7.1 | 33.5 | ● | 曽於郡志布志町(現・志布志市) | |||
| 中安楽駅 | 2.0 | 35.5 | | | ||||
| 志布志駅 | 3.1 | 38.6 | ● | 日本国有鉄道:日南線・大隅線(1987年3月14日廃止) | |||
廃止後の状況
代行バス
鹿児島交通都城 - 志布志線が代替バスとして運行されている[13]。
全線通しの系統(宮崎県側の資料では「志布志 - 都城線」)については国や県からの赤字補填がある「地域間幹線バス路線」に位置付けられていたが、2024年度(バス事業年度、2023年10月 - 2024年9月)の1日当たり平均輸送量が11.2人となり、国庫補助が出る最低条件である「15人以上」を下回り国庫補助がなくなることから、2025年10月より沿線3市(都城市、曽於市、志布志市)が運行する広域的コミュニティバス路線へ変更することが予定されている[14][15]。
1987年3月28日当初は、以下3系統が上下あわせて1日34本運行されていた[16]。
- 都城 - 志布志(岩川、八合原経由)
- 都城 - 志布志(岩川、元松山駅前経由)
- 岩川 - 志布志(元松山駅前経由)
2020年5月現在では、以下3系統のほか、都城駅 - 岩川間に鹿屋発着が6往復、岩川 - 志布志駅前間に鹿児島空港発着が4往復乗り入れている。
- 都城駅 - 志布志駅前(全線通し) 上り3本、下り4本
- 末吉駅跡 - 志布志駅前 上下1往復
- 末吉駅跡 - 岩川 上下1往復
廃線跡
廃止後、西都城駅付近の公園から岩北駅付近までの区間が自転車・歩行者用道路として整備されており、西都城駅 - 県境付近までの区間(約6 km)には「志布志線ウェルネスロード」、県境から岩北駅付近までの区間には「マインドロード末吉」の名称が付けられている[17][18]。