新垣邦男
日本の政治家
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新垣 邦男(あらかき くにお、1956年〈昭和31年〉6月19日[3] - )は、日本の政治家、空手家。
| 新垣 邦男 あらかき くにお | |
|---|---|
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2016年8月 | |
| 生年月日 | 1956年6月19日(70歳) |
| 出生地 |
(現 |
| 出身校 | 日本大学法学部 |
| 前職 | 北中城村役場職員 |
| 所属政党 |
(無所属→) (社会民主党→) (無所属(立憲民主党・無所属)→) (中道改革連合→) 無所属 |
| 公式サイト | 新垣クニオ【公式】|衆議院議員 |
| 選挙区 | 沖縄2区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 2021年11月3日[1] - 2026年1月23日 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 2004年12月22日 - 2020年12月21日 |
その他の職歴 | |
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代表:福島瑞穂 (2022年3月20日[2] - 2025年11月19日) | |

衆議院議員(2期)、沖縄県北中城村長(4期)、沖縄県町村会長、社会民主党副党首、同国会対策委員長、同政策審議会長などを歴任[2][4][5]。
経歴
那覇市出身。1982年日本大学法学部卒。1985年北中城村役場に採用。2004年に北中城村長選挙に立候補し初当選。以後4期務めた。
2020年1月13日、次期衆院選に出馬しない意向を示していた沖縄2区選出で社会民主党所属の衆議院議員照屋寛徳から「バトンタッチしたい」と後継指名を受けた[6]。2月15日、社民党沖縄県連は執行委員会を開き、照屋の後任として新垣を擁立する方針を賛成多数で決定した[7]。7月12日、新垣は立候補要請を受諾する考えを表明。その後、社民党への入党手続きを行った[8]。
2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙の投開票の結果、自由民主党の宮崎政久を破り初当選した[9]。この選挙では社民党は岸田文雄の選挙区の広島1区などにも候補者を立てたが、実際に当選したのは新垣ただ1人であった。
2022年3月20日、社民党は都内で開いた第19回定期全国大会(党大会)で新垣を副党首に充てるなどの役員人事を了承し、国対委員長と政策審議会長を兼務することとなった[2]。
2024年10月27日、第50回衆議院議員総選挙の投開票の結果、宮崎を破り再選した。この選挙でも小選挙区・比例代表通じて、社民党の公認候補で当選できたのは、またも新垣のみであった。
2025年11月2日、社民党を離党する意向であることを発表。離党について、「沖縄政策を前に進めるためには国会内で議員数を増やす必要がある一方で、社民党としての党勢拡大に限界を感じた」と表明した[10]。9月下旬に離党届を提出したが慰留され、10月31日にも改めて離党届を福島瑞穂党首らに提出したが受け入れられず、福島党首宛に郵送したという[11]。11月4日、社民党は離党届について、所属の都道府県連に提出するとの党規約に反しており無効である、とする談話を発表した[12][13]。5日に執行部は離党届を新垣に返送する方針を示した[14]。新垣は10日に改めて沖縄県連に離党届を提出し、受理された[15]。党本部は19日の常任幹事会で離党を承認した。これにより、社民党は前身である日本社会党の結成以来、初めて衆議院で議席を失うことになった[16]。25日、小沢一郎が率いる立憲民主党の党内グループ「一清会」に無所属のまま入会したことが明らかになった[17][18]。2026年1月19日、立憲民主党と公明党の衆議院議員により結成される中道改革連合に参加した[19]。
これに対して福島や社民党県連の一部は2区に前南城市長の瑞慶覧長敏を擁立するも、社民党沖縄県連側は県連の組織決定を経ていない手続きだとして擁立に反対を表明した[20]。25日、オール沖縄勢力の伊波洋一、高良沙哉両参議院議員が那覇市内で記者会見し、「当選もしないであろう人をぶつけるのはやるべきではない」と、瑞慶覧の擁立を批判した[21]。 同日、琉球新報は沖縄2区での「オール沖縄」勢力の分裂に伴い社民党所属の県議や市議が離党を検討していることを報じる[22]。 26日、社民党は瑞慶覧の公認を発表、これによりオール沖縄は2区において分裂することとなる[23][24]。 30日、沖縄2区での「オール沖縄」分裂選挙を巡り、社民党所属の喜屋武幸容那覇市議と仲程孝うるま市議は29日までに離党届を同党県連に提出したと琉球新報は報じた[25]。
2026年2月8日執行の第51回衆議院議員総選挙では自由民主党の宮崎政久に選挙区で敗れたほか、所属の中道改革連合も大敗を喫したために、重複立候補していた比例代表でも議席を確保できず落選した[26]。新垣(57,500票)と瑞慶覧(14,131票)の得票を足すと71,811票と宮崎の得票(70,685票)を上回るため、結果的に「オール沖縄」の分裂によって明暗が分かれた形となった[27]。
同年8月4日付で中道改革連合を離党した。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設への賛否や、9月13日投開票の沖縄県知事選挙への態度を明確にしない党の姿勢に不信感を表明し、沖縄2区支部の解散と離党の意向を伝えていた[28]。
人物
エピソード
- 2004年の北中城村長選挙では、現職の喜屋武馨と、元村議会議長の喜屋武薫の2人の「きゃん・かおる」が対立候補だった。2人はそれぞれ「キヤン村長」「ギチョカオル」と名乗って選挙を戦ったが新垣が2人を大差で破り初当選を果たした[30]。
- 2023年6月6日、本部港塩川地区で名護市辺野古の普天間基地代替施設の抗議活動中の市民に対し、沖縄防衛局の職員が「気違い行動は止めてください」など4回以上にわたり「きちがい」という言葉を用いて発言した。6月12日に防衛局の次長が発言を事実としたうえで、遺憾の意を示したが、新垣は「謝罪を拒否した」として6月14日、政府として謝罪の意思があるか、「市民を敵視するような空気」が防衛局に無いか、何らかの処分が必要ではないかの3点からなる質問主意書を岸田内閣に提出した[31]。これに対して岸田文雄首相は、6月21日時点で事実関係を確認中としたうえで、「当該発言は極めて遺憾であると考えており、沖縄防衛局における事実関係の確認が終了した後に、適切に対処する」考えを答弁した。また、質問主意書が示した「市民を敵視するような空気」は否定した[32]。
選挙歴
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 | 政党内比例順位 /政党当選者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 2004年北中城村長選挙 | 2004年12月 5日 | 48 | 無所属 | 4408票 | 60.00% | 1 | 1/3 | ||
| 当 | 2008年北中城村長選挙 | 2008年11月30日 | 52 | 無所属 | 無投票 | |||||
| 当 | 2012年北中城村長選挙 | 2012年12月16日 | 56 | 無所属 | 4947票 | 60.63% | 1 | 1/2 | ||
| 当 | 2016年北中城村長選挙 | 2016年12月 4日 | 60 | 無所属 | 4039票 | 53.53% | 1 | 1/2 | ||
| 当 | 第49回衆議院議員総選挙 | 2021年10月31日 | 65 | 沖縄2区 | 社会民主党 | 7万4665票 | 47.39% | 1 | 1/4 | |
| 当 | 第50回衆議院議員総選挙 | 2024年10月27日 | 68 | 沖縄2区 | 社会民主党 | 6万1216票 | 42.03% | 1 | 1/5 | |
| 落 | 第51回衆議院議員総選挙 | 2026年 2月 8日 | 69 | 沖縄2区 | 中道改革連合 | 5万7500票 | 34.99% | 1 | 2/6 | 6/4 |